受験を決意するまでの経緯の最近のブログ記事
覚悟を決めた僕は、まず上司の山口さんにメールを送った。
山口さんは僕が働いていた会社の直属の上司で、大変有能な方だった。元々日本総研出身のIT コンサルタントで、ソフトでありながら鋭い語り口、構想力、人望、リーダーシップのスタイルなど、私の仕事の上での師とも呼ぶべき人だった。
数日後、山口さんは僕を鮨屋に連れて行ってくれた。事情を説明すると、
「お前はいつまでそんな生活をしているんだ。」
すぐにメールが返ってきた。
山口さん、
いろいろ将来のことを考えたのですが、夏から留学することにしました。つきましては、今後の進展について、ご相談させて頂きたいのですが。
人生には2種類の後悔があります。
一つはやっておけばよかった、という後悔で、
もう一つはやらなければよかった、という後悔です。
今度、飯でも食べながら話をしましょう。
山口
山口さんは僕が働いていた会社の直属の上司で、大変有能な方だった。元々日本総研出身のIT コンサルタントで、ソフトでありながら鋭い語り口、構想力、人望、リーダーシップのスタイルなど、私の仕事の上での師とも呼ぶべき人だった。
数日後、山口さんは僕を鮨屋に連れて行ってくれた。事情を説明すると、
「そりゃお前、挑戦しなきゃ駄目だよ。」
そう言って、僕の決断を了承してくれた。本当に有難かった。
このときに山口さんの経歴をいろいろと聞く機会があったのだが、これが大変面白い。山口さんは大学を卒業後、日本総研で数年働いていたが、何年かすると無償にリセットボタンが押したくなったのだという。そして、次に働く場所も見つけないまま、退社してしまったのだという。それから、何と3 年間も無職のままいたらしい。
このときに山口さんの経歴をいろいろと聞く機会があったのだが、これが大変面白い。山口さんは大学を卒業後、日本総研で数年働いていたが、何年かすると無償にリセットボタンが押したくなったのだという。そして、次に働く場所も見つけないまま、退社してしまったのだという。それから、何と3 年間も無職のままいたらしい。「何をしていたんですか?」と聞くと、
「毎日美術館や、国会図書館に入り浸って本をむさぼり読んでいた」という。
そして3 年ほどたったときに友人から
「お前はいつまでそんな生活をしているんだ。」
と言われて、半ば強制的に現在の会社の採用面接に行くことになり、現在に至るのだという。
「商社っていうのは、いいね。こんなおかしな経歴の人間をやとってくれるんだから、本当に懐が深いと思うよ。まあ、やらなければよかった、という後悔にならないように頑張れよ。」
「商社っていうのは、いいね。こんなおかしな経歴の人間をやとってくれるんだから、本当に懐が深いと思うよ。まあ、やらなければよかった、という後悔にならないように頑張れよ。」
そういって、僕を送り出してくれた。
山口さんの上司の社長にも呼ばれたが、
山口さんの上司の社長にも呼ばれたが、
「お前に一体いくら投資したと思っているんだ。会社としては冗談じゃないぞ。しかし、個人的には理解できる。」
そう言ってもらえた。社長が元々日商岩井出身で、海外経験が長かったことも、理解して頂いた背景にあったように思う。
そんな訳で、僕は2006 年の4 月31 日に3 年間働いた会社を退社した。ついに、途中下車のできないジェットコースターは動き出してしまった。
そんな訳で、僕は2006 年の4 月31 日に3 年間働いた会社を退社した。ついに、途中下車のできないジェットコースターは動き出してしまった。


