kenjiokb: 2009年3月アーカイブ

人生を成功に導く方程式

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今日は最後のCISセミナーで、IBMで働いているJean Luc Magreという人がゲストスピーカーに来た。BYUの卒業生、MPAプログラムを終了後、フランスのIBMでずっと勤務されている。

彼が、クラスの中で、面白い方程式を教えてくれた。以下がその方程式。彼が考え出したのだという。

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この方程式は非常に面白くて、自分の努力を客観的に俯瞰するのに役立つ。うまく物事が進まないときに、一つ一つをチェックしてゆけば、どの領域での努力が足りないのか、よく分かる。


Asia & Australia Glocalization

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今年も恒例の、Glocalizationが開催された。僕が最初に開催を聞いたのは、開催2週間前の月曜日で、MBA International Student Presidentのカブリエルに、学校で呼び止められた。

カブリエル 「2週間後の木曜日に、Asia & Australia Glocalizationをやるんで、よろしく。」

僕 「は?2週間後!?」

カブリエル 「すぐに皆にメール送るから。」

そんなことを言って分かれたのだが、この男からメールがすべてのアジアンたちに送信されたのは、この週の金曜日だった。さすが南米人。期待を裏切らない展開だ。

しかも、誰か仕切り役を頼んでおいてくれたらよかったのに、メールかいてあったのは、

「2週間後に(正確には10日後)にAsia & Australia Glocalizationをやるんで、話し合いしておいてね。よろしく。」

とそれだけ。


現在MBAプログラムには、日本、中国、台湾、香港、韓国などから、15人前後のアジア人がいる。ちょっと静観していたのだが、誰も動く気配がないので、同じクラスを取っている韓国人のカイルを捕まえて、食事やプレゼンテーション、予算の割り振り、ポスターなどを15分くらいで一緒に作ってしまった。

それを皆にメールで流して、あとはそれぞれの国の生徒を捕まえて、個別フォローアップ。こういうときのフォローアップは非常に大切で、多くの生徒はまともにメールを読んでいないものだ。

ポスターは、カイルのアイデアで、地図と国旗を使って作成。

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カイル 「前にInternationalフェアがあって、そのときのポスターの絵が日本のゲイシャだったんだ。Internationalフェアなのに、まるで日本フェアみたいで、あれは許せなかったね。」

僕 「・・・・・・・・・」

カイル 「あ、別に日本を攻撃している訳じゃないよ。ただ平等が大切だって言いたいだけで・・・」

僕 「(本当か!?)」



・・・・・・・・・・・・

そして当日。本当なら、日本の出し物は8人集めてアルゴリズム体操をしたかったのだが、人数が集まらず断念。去年別のクラスで作った日本のプレゼンを、英語がネイティブのミキモトBに発表してもらった。

どういうわけか、ガイジンたちには大ウケ。

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6カ国のプレゼンをすべて終了した後は、食事の時間。日本の我々(主に奥さん達)が用意したのは、手巻き寿司。あとは、中国の焼きそばや、韓国のブルコギ、ギョーザなど、いろいろなアジアの食事が続く。


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結果的には、参加人数は100人をゆうに超える人数で、大成功だった。ガブリエルも大満足。ガブちゃんよ、来年はもっと早めに教えてくれよ。お願いだから。笑


MMCに出演した話

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今週の前半に、台湾人クラスメイトのクリスチャンから声を掛けられた。

クリスチャン 「来週のMMCに招待したいんだけど。テーマは、日本に投資すべきかどうか?」

僕 「え、MMCってナニ?」

クリスチャン 「・・・・・・。」

後でよく聞くと、MMCというのは、Morning Market Callの略で、クリスチャンを含むファイナンス専攻の学生達が中心に配信しているテレビ番組だということが分かった。

マーケティング専攻の僕に、日本の経済についてへたくそな英語で語れ、というのはあまりに無理があるようにも思ったのだが、別に失うものは何もないとも思い、引き受けることにした。


もちろん、撮影の前日の夜中に、ネットで日本経済の勉強をして、ネタを仕込んで、金曜日の早朝にスタジオに向かった。メーサービルディングの近くにあるスタジオは、建物自体は古かったものの、スタジオそのものはすごい設備の整った空間で、びっくりしてしまった。

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僕の撮影は10分ほどで終了したのだが、ウケたのは服装。上の写真を見ると、みんなビシッとスーツを着ているように見えるのだが、実はこれはカメラに写っているところだけで、下はジーンズにスニーカーだ。


今日話した(話したかった)内容のポイントは以下の通り。

・・・・・・・・・・

日本に投資すべきかどうか?⇒ 短・中期的にはすべき。というか、して欲しい。なぜか?日本は、現在まだ世界第二位の経済大国である。社会的なインフラは整っているし、世界で最も教育された労働力を持ってる。

また、実は、日本の実経済はサブプライムローン商品そのものによっては、それほどダメージを受けていない。1991年から2003年頃まで、銀行は不良債権処理に忙しくて、グローバル化に出遅れ、サブプライム関連に手をあまりだしていなかった。よって、アメリカのCitibankやAIGなどのような、兆を超える巨額な赤字というのは、日系の金融機関からは出ていない。

現在の日本経済にダメージを与えているのが、実は急激な円高。最も痛手を蒙っているのは、自動車産業やエレクトロニクスなどの輸出企業。過去10年のドルベースの為替レートを見ると、個々数ヶ月がもっとも円高が進んでいる。これによって、輸出関連企業は軒並み赤字に転落しており、これが日本経済の大きな足かせになっている。しかし、実は輸出企業のGDP比は、全体の15%前後に過ぎず、多くの企業は内需に頼ってビジネスをしている。つまり、日本人が普通にお金を消費していれば、多くの企業の業績は守られるということだ。

では、何が現在の課題なのか?経済はダメージをそれほど受けていないが、人々の消費マインドが冷え込んでいる。これは大きな問題。また、長期的には、労働力の問題を抱えている。出生率は低下しており、高齢化社会が始まっている。本来なら、移民を増やして労働力を増やすべきだが、日本は移民嫌いで、受け入れが進んでいない。

という訳で、長期的には、中国やブラジルなどが台頭してきて、日本が追い抜かれてしまう可能性が高いと思うが、短・中期的には、日本は世界の中では、政治的なリスクなどもなく、最も安全な投資対象になるのでは、というのが結論。


・・・・・・・・・・

もちろん、上に書いたようなことは、英語で話すときに、まったくうまく説明できていない。はー、もっと英語うまくなりたいものだ。これから頑張ります。・・・って、もうすぐ卒業だけど。


仕事を見つけた話

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ボストンキャリアフォーラムが全滅


100年に一度と呼ばれる未曾有の世界同時不況は、否応なしに、MBAのジョブマーケットにも降りかかってくる。

まず、異変を感じたのがボストンのキャリアフォーラム。MBAの求人は金融を中心に激減。しかも、この数ヵ月後に、どの外資系も、新卒以外のほとんどすべての中途採用をフリーズ。MBA定期採用を行っていた企業は、コンサルや医薬系などの一部を除き、完全に落ち込んでしまっていた。

そんな訳で、インターンシップを探しに訪れた昨年のキャリアフォーラムでは、3社からオファーを貰った僕も、08年のフォーラムでは全滅してしまった。


某銀行のトップを紹介してもらう


あるとき、途方に暮れてMBAラウンジにいると、キャリアセンターのディレクターのディック・スミスが話しかけてきた。

ディック 「仕事探しはどう?」

僕 「死んでますよ。。」

ディック 「日本だったら、一人だけ紹介できる人がいるけど、連絡してみる?」

僕 「誰ですか?」

ディック 「ABC(仮名)バンクの社長。」

僕 「・・・・(金融か・・、不況のど真ん中じゃないか。)」


どう考えても、無駄なアプローチだろうと思ったのだが、せっかくの申し出だったので、連絡先だけでも聞いておくことにした。

僕 「本当ですか?是非紹介してください。」


連絡先を貰ったものの、無駄なアプローチだとほぼ分かってたため、どうにも気が乗らず、気がついたら一ヶ月がそのまますぎてしまっていた。これは流石にまずいだろうと思い、ケニーの助けも借りて、彼にメールを出してみることにした。

 My name is.. (中略) ..I am  looking to head back to Japan after graduation this April and searching for employment.  With the current economic conditions I am sure you are aware that the job market is very competitive and unstable.  I have not had much success thus far in my job search and was hoping to get in contact with you to discuss possibilities and/or get some leads on employers or companies that could utilize someone with my background experience and credentials.  I can be reached at the contact information I have listed below.  I would greatly appreciate any leads or assistance you could provide.  I look forward to hearing from you in the near future.


すると、こんな返信が。


Although we are not hiring in 2009 I have forwarded your resume to Matt Wilson who is the head of the LDS business association as well as the stake employment specialist.  Hopefully he will be able to point you to some leads here in Japan.


何と、例の社長は、僕のメールとResumeを、あるビジネスコミュニティを運営している人に転送してくださったのだ。すると、彼は、数日後に、Graduating MBA student from BYU seeking employment opportunities というタイトルで、僕のResumeを、コミュニティのメンバー全員に送ってくれた。

数日間は、何もこのメールに対する反応はなく、あーあ、と思っていたのだが、思いがけず、独立して人材エージェントを営んでいるBryanから、突然短いメールを貰った。

I've got an idea at ABC.Co(仮名) as a marketing person for their SI group. The head of the COO is a friend of ours  Would that interest you? 

 
ABC社は、僕の探しているIT関連の会社。すぐに興味があると、メールをの返信を出した。ところが、それ以降、相手からの返事が返ってこなくなってしまった。


思い付きっぽいメールだったので、やっぱり角度は低かったのか、と思いながら、そのまま一ヶ月がさらに過ぎた。



日本行き


エージェント経由で、面接のオファーがやっと入ったのは、2月の終わり頃。そこも、初めて聞く、小さなコンサルティングファームだった。この面接一社だけのために、高い航空券を捻出するのは、自転車操業をするわが社(家)の経済状況からすると、かなりきつかったのだが、人事を尽くして天命を待つという言葉を信じて、日本に行くことにした。

すると、社長(妻)がこんなことを言い出した。

社長(妻) 「例のあの会社どうなったの?Bryanに連絡してみなさいよ。」

僕 「いやあ、あれは見込みが薄いから、送っても無駄だと思いますよ。」

社長(妻) 「いいから送りなさいって!」

数日間こんなやり取りをしていたのだが、あまりにしつこいので、フォローアップのメールをBryanに出してみた。すると、思いかげず、面接のセットアップをしてもらえることになった。

小さなコンサルファームと、ABC社。この2社が、卒業前の最後のJob Opportunityだった。



日本での出来事


日本行きはかなりの強行スケジュールで、月曜日にソルトレークを出て、火曜日に到着、そして金曜日の夕方に成田を出る、という日程だった。

まず、水曜日の昼にBryanとDavidに恵比寿で会い、明日のABC社についてのミーティングを開く。彼らから、事業内容や、会社の状況、面接官についての情報を教えてもらう。

Bryan 「相手のニーズをまずよく理解する。そして、自分がそのニーズを満たせることを説明できれば、すべてうまく行くよ。」


その後、夕方に小さなコンサルファームと面接。これは死んだ。話があまりかみ合わず、撃沈。


そして、木曜日の昼に、ABC社の部門長と面接だった。一時間くらいだったが、説明された事業内容は非常に面白そうで、また、この部門長の人柄も、すっかり気に入ってしまった。今までの経歴や興味関心などをいろいろと聞かれ、この日は終了。最後にこう聞かれた。

部門長 「で、もしうちからオファーが来たらどうするの?」

僕 「もちろん、受けさせて頂きます!」

部門長 「ふーん。出発はいつ?」

僕 「明日の夕方です。2時くらいまででしたら、時間があります。」

部門長 「じゃあ、明日最終面接を入れてあげよう。」

部門長 「!!!!」


そんな訳で、帰る日のお昼に最終面接が行われた。面接官は、先の部門長、人事部長、そして専務だった。今までの経歴、どういった会社を探しているのか、そしてうちで何をしたいのかについて聞かれた。

アメリカに戻った後、Webテストの連絡が来て、テストを受け、正式なオファーが来たのは2週間後だった。


社長(妻)が僕にしつこく連絡をするように言わなかったら、この話はなかっただろう。奇跡だ。しかし、今回の最大の教訓は、人と人はどう繋がるかまったく分からない、ということだ。無駄だと思えた例の社長へのメールから、最後はこんな風に繋がっていくなんて、とても最初は創造できなかった。

英語で、We wil see というフレーズがある。この件もあってからか、このフレーズに込められた、「どうなるか分からないが、やるだけやってみよう。」というニュアンスが僕は非常に好きになった。人事を尽くて天命を待つとよく似ている。


就職戦線異常あり

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昨晩、ようやくメールでオファーレターを受け取って、卒業後の就職活動がほぼ終わった。卒業一ヶ月前のぎりぎりセーフといったところだ。どこに決まったかは、プライベートなことなのでこのブログには公開しないが、いや、本当に今年は苦戦した。


昨年と今年を比較すると、MBAの就職活動はまさに天国と地獄で、たった一年でここまで厳しくなるのかと思うほどだ。クラスメイトたちも本当に苦しんでいて、インターンシップをしたのにオファーがこない、内定取り消しなどで、未だに半分くらいのクラスメイト達が仕事を探している。

それはそうか。どの会社も、業績低下に伴う人減らしで必死なのに、ただでさえ人件費が高いMBAなんて採用したい訳がない。今年のジョブマーケットの状況は、今年の年明けに、人材エージェントのアクシアムから来たメーリングリストが象徴的に表している。


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■ :【1】混迷の2009年、キャリアの戦略的決定に必要な視点は?
■ : ┗『転職市場の明日をよめ』2009年1月~3月
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■■ 2015年から2009年を見返してみれば ■■

2008年に続き、さらに転職市場が厳しい状態です。

ファンドや投資銀行を含む金融、製造、コンサルティングなどの業界に
かかわらず、外資系企業の日本からの撤退や部門閉鎖、ダウンサイジング決定
の話が次々と舞い込んで、昨年12月は厳しいクリスマスシーズンと
なりました。そのまま新年を迎え、2009年がスタートした印象です。
1998年、そして2002~2003年と、過去にも冷え込んだ時期はありましたが
ここまでではありませんでした。

過去の冷え込み期と比較して大きく変わったと感じるのは、転職市場の競争に
耐えうるだけの実績や自信(覚悟)のあるなしに関わらず、また、アラサーや
アラフォーなどという造語が話題になりましたが、幅広い年齢層の方が市場に
出てきているという点です。また、非常に優秀な人材もマーケットインしています。

個々人が想定している(感じている)よりも極めて現実は厳しく、一つの
ポジションに多数の有力候補が存在する事態が生じています。求人企業の
求める要件は以前に比べて高めになり、ぎりぎり条件を満たす状態では
書類選考も通過しません。採用スコープのど真ん中を射止める候補者でないと
面談に進むことができないのが実態です。業界、職種、年齢、年収、意欲、
体力、気力、実績、価値観、タイミング(入社可能予定月)など、この全てが
フィットするかどうか? が精緻に問われてしまっています。

採用側は妥協なく、コストを下げてより良い人材を獲得しようと動き始めて
います。多数の候補者が転職市場に出てきているため、これまで難しかった
中核人材の採用ですら、高いコストと時間をかける必要がなくなっています。
求人数が激減したこと以上に、競合他者の存在が、市場での個々人の
コントローラビリティーを危うくしていると感じています。

これは決して、単に能力や経歴の優劣という意味だけではじつはありません。

例えば、複数の候補者がいた場合、入社のタイミングが合致しているか
否かが最終の決め手となり、採用・不採用が決まってしまうケースも
出てきています。企業の採用活動がデジタル化したといわれていますが、
大量の候補者のデータを企業が把握・管理し、「入社可能時期」というような
要件の一致・不一致で道が分かれてしまうという、個人にとって悩ましい状況
が生まれています。(それだけに、個人の決断力も、チャンスをつかめるか
どうかのより大きな要因になってきているのかもしれません。)

このような時代のキャリアの戦略的決定に際しては、市場変化に一喜一憂する
のではなく、よりいっそう長期の視点が不可欠であると考えています。

2010年の3月ぐらいまでは、市場がどうなるか分からないと筆者は
思っています。「景気の底はいつか」という議論では既になく
「底が抜けてしまっている」としか言いようがない印象で、底がふさがるのは
早くて来年だろうと感じています。ですから底がふさがってから5年後あたり
の未来(例えば2015年)に、世界がどうなっているか、自分はその中で
どうありたいか、しっかりこの時期に、仮説でもビジョンでも想いでも
かまいませんので、それらを持っていることこそが重要だと思います。

これだけの経済的な出来事・変化が生じているわけですから、確かに
オファーを手にすることは大変な作業でしょう。しかし、求人数が激減しては
いるものの、ゼロになったわけではありません。いま存在する求人をしっかり
見つけ出し、現実を直視し、選択することを強く意識していただきたいと
思います。

●存在しないものをまだ探している人
過去に手にしていたものと同様のものを継続したいと思っている人
●オファーがあるのに決断できない人
●リスクを何がなんでも取らないでいる人
●目的もなく転職をする(した)人
●「○○が嫌だから」などネガティブな要因だけで、それを排除しよう
として転職する(した)人

上記のパターンに心当たりがある方は、これだけ不確実性が高まっている
世情変化の中で、結果的にリスクの高いものを選ぶことに陥りかねません。
想定していなかったリスクが顕在化するか、リターンを見失うかということに
なりがちである気がします。年収1500万円以上といった高報酬を手にしていた
方々にとって初めてとなるこの局面は、本当に想定以上の厳しさといえます。

いま筆者が驚いているのは、このような状況下にありながら、逆にチャンスや
やりがいをしっかり手にしてキャリアを創っている人に出会う時です。

新聞で倒産なり撤退・縮小なりのニュースを目にして、そのような企業に
所属するご相談者が心配になって何年かぶりにご連絡をしたところ
「今はこれまでの経験を活かしながら、別の会社で経営を手がけています」
というご返信をくださった方がいました。また、「会社を移って5年が
あっという間にたったが、今の場所で厳しいながらも奮闘しています」
「まだ赴任先の海外で頑張っています」「ベンチャーでの経験を活かして
企業再生経営を進めています」等の声もありました。

彼らに共通するのは、現在と同様に混沌としていた2002~2003年に
5年後はどうなるかと社会の変化の方向をしっかり押さえつつも、それに
振り回されて迎合することなく、自分がどうなりたいか、何ができるか、
何ができるようになっていたいか、個としての解を持っていたことだと
思います。彼らは、しっかりと5年後の夢、目論見(ときに私も
想定しえないような)を当時語っていました。

それらを伺った際には正直「そんなことは難しいかも」と一瞬思った
場合もありましたが、それよりも「無理かもしれないが、この人なら
やり遂げそうだ」とどこか感じさせるものが、その方にあったと
記憶しています。つまり、合理的に考えれば、かなり険しい道。
でも何か、やれるかもと期待させるものがあったのです。
それを言葉にして語ることは難しいのですが、それはきっと
「人としての何か」「確固たる軸」というものなのかもしれません。

2009年、非常に厳しい環境だからこそ、そのような社会変化と同時に
ご自身の変化・変革を見据え、道を切り拓ける人材が
きっと出てくると信じています。

意思の力を働かせる鍵

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今日のCrucial Conversation で、非常に考えさせられることを学んだ。それは、

Will is Skills

ということだ。日本語に訳すと、「意思の力を働かせることは技術だ」とでもなるのだろうか。



毎回、実際の企業研修で使っている、パターソン教授は、ハイレベルなプレゼンテーションを見せてくれるのだが、今回このトピックにまつわるビデオはとても面白かった。

ビデオでは、まず、(名前は忘れてしまいましたが)子供の自制心を試した有名な実験の話が紹介される。この実験は、研究者が、まず子供に、あるお菓子を一つ与え、15分間我慢できたら、もう一つあげることを伝えて、部屋を出る。

そして、部屋を出た後の子供達の行動を観察する。すると、子供達は二つのグループに分かれる。15分間我慢できずに途中で食べてしまうグループと、15分間我慢できた子供達たちだ。

さらに、この研究者は、この二つのグループの人生を20年間追いかけたところ、我慢できた子供達は、我慢できなかった子供達に比べて、学業、結婚生活、仕事の面で、より高い成果とパフォーマンスを出し、充実した人生を送ったという。

この実験の結論は、「自制心を働かせることの出来る人間は、そうでない子供と比較して、よりよい人生を送ることができる」 といったものだった。

ここまでは、誰でも知っている有名な話。興味深いのはここからだ。パターソン博士たちは、この結論に疑問を投げかける。「本当か?」


そこで新しい実験を試みることに。新しい実験では、まず、前回と同じことをやってみる。小さな子供達をランダムに選び、マシュマロを与えて、15分間我慢するように伝える。すると、やはり多くの子供達は、待ちきれずにマシュマロを食べてしまう。

次に、同じ子供達に対して、今度は、やはり我慢するように伝えるのだが、それと同時に、「我慢できなくなったときに、どうやって気を紛らわしたらよいのか」という具体的なスキルを教える。すると、なんと実に、前回と比較して、50%以上の子供が、15分間我慢することができたのだ。

つまり、意志の力は元々子供達に備わっているものではなく、具体的な技術として学ぶことができる、というのが新しい結論になる。Will is Skills ということだ。


クラスでは、もっといろいろな因果関係があるので、簡単にそんな結論はでないのでは?というような意見が色々出て、やや紛糾気味だったのだが、それでも、Will is Skills という言葉が持つ意味は非常に大きく、僕自身の人生をも大きく変える可能性のあるメッセージだと強く感じた。

人々の中には、自分の意思の弱さを、自分のパーソナリティの一部のように感じて、改善は不可能かのように考えてしまっている人もいるかもしれない。しかし、意思を働かせることが、スキルだとしたら、スキルは具体的に学び、習得することによって、身につけられるということになる。そして、スキルが上がれば、その分自分を治められるようになる。

さらにクラスでは、具体的にスキルを習得する普遍的な原則として、下記の4つについて学んだ。

1.Practice (練習)

2.Break the skills into small parts (技術を細かいパーツに分ける)

3.Get feedback from a coach (コーチや指導者からフィードバックを貰う)

4.Prepare for setbacks (挫折に備える)


長くなるのでこのブログでは、これ以上深堀しないが、どれ一つをとっても、非常に興味深い内容だと思う。パターソン博士、すばらしい講義をありがとうございました。あ、あといつもの無料ディナーも。

天才カウエ君と再会した話

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先日MTCで働いていると、セス君が話しかけてきた。

セス君 「ケンジ君はカウエ君を知っていますか?」

僕 「知ってるよ。」

セス君 「こないだ偶然キャンパスでカウエ君と再会したんですよ。」

僕 「え、彼BYUで何してるの?」

セス君 「教授の一人ですよ。」

僕 「えええ!?!?」


BYUでは、すべての教授や講師の情報が、経歴や実績とともに紹介されているのだが、YUのサイトを探してみると、あったあった、彼のプロフィールのページが。

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なぜ僕が、彼が教授だと聞いて驚いたかというと、彼の年齢は、なんと28歳なのだ。それで、もうPh.Dを取得して、教授の一人として2年前から働いている。

彼の専門である生物学で、普通何年かかるかというと、まず、学士号をとるのに4年、修士で2年、そして博士号で6年だ。普通の人は、12年かかるところなのだが、彼はその半分くらいの期間ですべてのプログラムを終えている。


そもそも、僕が初めて彼に会ったのは、今から10年前、九州で働いていた頃だったが、当時19歳だった彼は、その当時で既に大学を卒業していた。中学か、高校かよく分からないが、あまりに賢かったため、3学年飛び級し、18歳で大学を卒業し、その後Missonaryとして九州に赴任したというわけだ。当時もその天才振りを発揮していて、日本に来て3ヵ月後には、完璧な日本語を、豊富なボキャブラリを使って流暢に話していた。

しかし、彼について特筆すべきなのは、その謙虚な人柄で、やわらかい物腰と、落ち着いた話しぶりに、誰も彼が20代だとは思えないだろう。


連絡を取ると、じゃあランチに行こうということになって、さっき彼のサイエンスビルディングの中にある彼のオフィスを訪ねてきた。

10年ぶりの再会だったが、外見も、雰囲気も、まったく変わっていなかった。オフィスの中には、生物学の教授らしく、いろいろな生き物の漬け物(?)がおいてあった。

10年前のこととか、帰還後の生活、近況などを報告し合い、楽しい時間を過ごす。食事は、BYUの近くのアジアンヌードルのお店に行った。お金を払おうとすると、彼に止められた。

カウエ君 「生徒にご馳走するのは、教師の役割だから。」

とのこと。3歳年下の友達にご馳走してもらったのは初めてだ。ありがとね。カウエ君。


特別な理由がない限り、このままBYUで研究を続けるということだったので、将来僕の息子が彼から教わる機会があったら面白いのに。


MBAで学ぶマーケティングのほとんどは、B2Cに関するものだ。だが、今回のインターナショナルマーケティングの課題は、珍しく、B2Bについての話。

B2Cとは、Business to Consumer、いわゆる一般消費者向けのビジネスであり、B2Bとは、Business to Businessということで、いわゆる企業などの法人向けのビジネスのことを言う。例えば、どんな分野が該当するかというと、ITのシステムとか、原材料とか、車や機械などの部品などがそうだ。

このB2Bのマーケットを考えるときに、重要なポイントが大きく二つある。外部要因と、内部要因だ。


外部要因その1:需要について

いうまでもなく、B2Bは企業に売り込みに行く訳だが、なぜこれらの企業がいろいろな製品を購入するかというと、その先の先に、一般消費者がいるからだ。B2B向けの製品にどれだけの需要があるかどうかは、最終的には、その先の先にいる、一般消費者の需要の大きさによって変動する。


外部要因その2:複雑な購買・販売プロセス

通常のB2Cの場合、最終意思決定者は、もちろん、個人や家庭だ。しかし、B2Bの場合は、もっと複雑で、難易度が高く、ターゲットとなる企業は、下記のようなファクターの影響を受ける。

・組織内の影響力
・購入予定の製品の、戦略的な重要性
・購入コスト
・サービスされる製品の複雑性

このように、B2Bにおいては、販売プロセスが複雑で、難易度が高いために、顧客との関係を保つために、営業マンが登場することになる。


内部要因その1: 技術

技術的、及び製品の優位性は、大きなアドバンテージになる。そのため、B2Bのビジネスに従事する各社は、パフォーマンス、機能、そして製品の特徴を常に改善するために投資を続ける必要がある。


内部要因その2: カスタマイゼーション

通常、B2Cの製品というのは、カスタマイゼーションに限界があり、パッケージやラベル、またはプロモーションなどが関の山だ。しかし、B2Bのビジネスにおいては、もっと高いレベルで、顧客のニーズを満たすカスタマイゼーションを提供する必要がある。


内部要因その3: 受注処理

多くのB2Bの企業は、受注を受けてから製品を製造する方式を取っているため、製造ボリュームや、在庫管理など、製造過程において、多くのチャレンジを受けることになる。例えば、ある時期は受注が殺到し、製造のキャパシティを圧迫することもあるが、納品が終わると、今度は人員や設備が余ってしまうといったことが起こる。



一方、経営陣にとっても、B2BはB2Cにはない様々なチャレンジを受けることになる。

チャレンジ その1.新製品の開発

テクノロジーの進歩とともに、新製品を開発するサイクルは、どんどん短くなってきている。しかし、B2B向けの製品の中には、その製品の複雑性から、需要を見積もるのが難しいものが少なくない。こうした場合、新製品への投資は難しい経営判断になりかねない。


チャレンジ その2.マーケットセグメンテーション

通常、B2Cマーケットは、心理的また社会的な要素に基づいて、セグメンテーションを行う。しかし、B2Bの市場においては、業界の特徴、購入量、または技術的な要素に基づいてセグメンテーションを切ってゆくことになる。


チャレンジ その3.プロダクトポリシーと価格

B2Bマーケットの場合は、価格は、製品の性能と機能、そして技術的な要素によって決まることが多い。そのため、新製品の場合は高い価格を維持することができるが、ひとたび競合が似た製品を開発し、製品の優勢が落ちてきた場合は、価格がするに下落する、という特徴を持っている。


チャレンジ その4.チャネル

B2Bにおいては、製品を流通させるための選択肢が無数にある。それゆえ、正しいチャネルを構築するのが非常に難しい。一般的に、(1)顧客の数が自社でハンドルすることができ、(2)価格が高く、(3)顧客が地理的に集中していて、(4)販売プロセスが長く複雑で、(5)顧客が多くの情報とトレーニングを要求する場合は、自社で営業マンたちを配備することが好ましい。



BDouglas.jpg前回のソーシャルアントレプレナーシップは、初のゲストスピーカーが登場。Rising Star Outreach 代表、Rebecca Douglas氏だ。

彼女はインドの民族衣装に身を包み、クラスに登場。約1時間ほど、スピーチを聞く機会があった。

Rising Star Outreach というのは、インドで活動するNPOで、インドにいるホームレスを支援するために、学校教育、医療、コロニーなどの様々な活動を行っている。このNPOのスケールは本当に大きく、DELLや、マリオットグループなどの大企業とタイアップし、資金を創出してもらい、通常のNPOとは比較にならないくらい、高度な教育サービスと、無償の医療サービスを提供している。

Rebecca氏は、設立者なのだが、彼女のバックグラウンドは、何を隠そう、「主婦」だ。しかも、ただの主婦ではなく、7人の実子と、二人の養子の9人の子供の母親だ。さらに、養子にした子供の一人は、半身不随だったという。


クラスでは、9人の子供の母親であった彼女がなぜ、Rising Star OutrearchというNPOを設立することになったのか、その経緯を聞くことができた。


今から何年も前に、当時ディクシーカレッジに通っていた私の子供の一人が、7年間の闘病生活の末、命を失いました。私は、その子供が、闘病生活の中にいたときに、インドにいる、恵まれない子供達に、寄付をして支援していたことを知り、インドに興味をもったのです。
そして、2000年、私は初めてインドを訪れる機会がありました。
そこで目にしたものは、私の人生を大きく変えました。町中溢れかえっている子供から大人までのホームレス。彼らのほとんどは、教育も受けられず、医療の恩恵も受けるおとができず、ただ放置されて死ぬのを待つばかりでした。物乞いをしながら、私に近寄ってくる多くの人々を見て、私は大きな衝撃を受けました。
すべての人は、機会と命の尊厳を持つ価値がある。
これは私の信念ですが、この信念を実現させるために、私はこのインドで、これらの人々を助ける組織を作る決意をしたのです。それが、Rising Star Outreachです。

Risingstar.jpg

クラスでは、彼女がスライドを使って、Rising Starの医療の現場や、学校の様子を多く見せてくれたのだが、盲目の人、手の指が一本もない人、足のひざから先がなく、車椅子もなく、道で座って物乞いをしている人、事故にあったにも関わらず、病院にいけなったため、傷跡がさらに悪化し、目を向けることもできないような様子の男性など、すごい現状の写真を多く見せてもらった。


しかし、子供が9人もいて、さらにインドの恵まれない人々のために尽くす、というのは、本当に凄いことだと思う。誰でも、自分の家族が困っていたら、どんなことをしてでも助けてあげたいとおもうのだろうが、マザーテレサや、彼女のような人々にとっては、この「家族」の定義が、人類全体にまで及んでしまっているのだろう。


このRising Star OutreachがOutreachしているのが、主に医療と、子供の教育だという点も非常に興味深い。つまり、緊急で助けを必要としている人々と、将来世界の未来をつくっていく子供たちに投資をしている訳だ。

彼女は、教育のレベルについて、必要を満たすレベルではなく、インド内にあっても、最高レベルの教育を提供することにしているのだという。写真を見たところ、運営しているのは、恐らくは小中学校だろうと思われるが、授業はすべて英語なのだという。


以前は、カースト制度の影響で、身分の低い人々はどんなに能力があっても、よい会社で働くことはできませんでしたが、最近は外資系が増えてきたため、英語力があり、能力のある人々は、よい仕事に就けるようになってきました。


Rising Star 出身の子供達が、世界で活躍し、新しいイノベーションをおこしてゆく日も、そう遠くないのだろう。

某先輩からのメール

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久しぶりに、以前の会社の某先輩からメールを貰った。


お元気ですか? 

ブログたまによんでます。 

わたくし、最近非常にいろいろとあり、ダウナーな気分です。 

何か元気づける言葉をブログにかいてください。 


先輩、お久しぶりです。リクエストにお応えして、僕の好きな言葉をいくつか掲載しておきます。お悩みのことが何かは存じませんが、一助になれば幸いです。


覚えているかな、いかにして意義ある人生を見出すかについてしゃべったこと。 人を愛することに自らを捧げよ、周囲の社会に自らを捧げよ、目的と意義を与えてくれるものを創り出すことに自らを捧げよ。



人間は「思い」の主人であり、人格の創造者です。また、その環境と運命の設計者でもあります。

ジェームス・アレン 『「原因」と「結果」の法則 』より抜粋


どんな難問があろうとも、必ずやり遂げるのだという強い情熱、熱意、意思があれば、叶わないものは絶対にありません。…思う心の強さが行動にあらわれ、不可能と思われていたことを可能にしていくのです。

稲盛和夫 『松下政経塾講話録 (Part7) 』より抜粋


"その原因はいろいろあろうかと思いますが、基本的には結局、お互い人間の生き方自体に問題があるのではないでしょうか。 つまり、みずからの願いというものを実現させるにふさわしいものの考え方なり心の持ち方、さらには態度、行動をあらわしていない、いわば木に登って魚を求めるような姿を一面に繰り返している、といういうところに、お互いの願いが必ずしも現実のものとなっていないことの大きな原因はありはしないか、という気がするのです。"

松下幸之助 『素直な心になるために』より抜粋
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今日のソーシャル・アントレプレナーシップのクラスは、有名なアショカ財団とウィリアム・ドレイトンについてだった。

今やソーシャル・アントレプレナーシップは、世界中の大学で教えられているクラスの一つだと思うが、この話題をするときに、必ず登場するのが、アショカ財団と、その創設者であるウィリアム・ドレイトン氏だ。彼の人生、そしてアショカ財団に根ざした彼の活動は、是非僕の息子たちにも、大きくなったら学んで欲しいと思う。


ウィリアム・ドレイトン氏は、1943年にニューヨークで生まれた。ハーバード、オックスフォード、イェール大学で、経済と法律を学び、その後は10年に渡って、マッキンゼーでコンサルティング業務に従事する。その後、カーダー大統領の下で、環境保護庁の幹部として、排ガス規制の実現などに携わった。

世界の社会起業家を支援する組織、アショカ財団を設立したのは1980年。アショカ、というのは、紀元前に南アジアの統一を成し遂げた大王の名前で、経済の発展と社会福祉を実現した偉大な人物だったらしい。

このアショカ財団は、アショカ・フェローと呼ばれる社会起業家を、世界中から見つけ出し、彼らを支援することによって、世界を変えてゆく組織で、今までに世界46ヶ国、1400名以上の社会起業家たちを支援してきた。


個人的に非常に興味深いのが、彼らの活動のスタンスで、アショカは決してプログラムや組織には投資せず、社会起業家本人に固定給という形での財政支援と、様々な助言を行っていることだ。そして、そのアショカフェローとして、以下の4つの特質を見ているのだという。

(1)創造性
(2)起業家にふさわしい性格
(3)アイデアの中身
(4)倫理性

この特質についてのドレイトン氏のコメントは非常に面白い。以下、引用。

相手の生い立ちについて質問を投げかけると、役に立ちます。というのも、創造性は大人になってから身に付くものではなく、萌芽が見て取れますから。
二つ目の基準は起業家にふさわしい性格ですが、・・・創造性と博愛の心にあふれ、熱意の塊のような人を1000人集めたとしても、起業家としての特質を持つのはそのうち一人いるかどうかです。・・・私達にとっての起業家とは、世界を変える人々を指します。起業家は、自分のアイデアが形になったあとの世界を思い描き、そうした世界が実現するまで休まず働き続けます。・・・学校を一、二校変えただけでは決して満足しないのです。
・・・アイデアは、仮に発案者の手を離れたとしても、それ自体が優れた内容でなくてはなりません。どれだけ多くの人にどれだけ深い影響力を与えるアイデアか、というのも大切な点です。
最後は倫理観ですね。世界を変えるためには、大勢の人に仕事のやり方を変えてもらわなくてはなりません。強い倫理観を持ち、まわりから信頼される起業家でなくては、このような変化は促せないでしょう。

ドレイトン氏は、アショカ財団という組織を通し、上記の特質を持つ世界の社会起業家たちを支援することで、自らの活動に二重、三重のレバレッジをかけて活動しているのだ。この方法は、非常に賢いし、また効果的だと思う。

最後に、チェンジメーカー及び、子供が学ぶべきことについての、示唆に富んだ彼のインタビューを掲載しておきたい。


重要なことは、一人ひとりがチェンジメーカー(変化を起こす人)であり、誰もが社会を変えられる力を持っている、ということです。そのチェンジメーカーの最前線にいる人たちが、社会起業家です。社会起業家が成功するもっとも重要なポイントは、地元の小さな「意思ある人々」を積極的に活用し、自ら変化を起こしてもらうこと、つまりチェンジメーカーになってもらうのです。
子どもたちは、他者への深い思いやりのこころを学び、習得する必要があります。それがないまま成長した子どもは、これからの時代は生きていけません。近くで、または遠い国で困っている人までを思いやることのできるこころこそが、学び、磨いていかなくてはならない能力です。それは、遺伝しません。子どもたちが思いやりのこころを学ばず、磨くことができないシステムになっていることが、現在、地球上の25%の人々が生きるか死ぬかの状況に追い込まれていることにつながっているのです。
子どもは12歳の年齢に達すると、もはや子どもではなく、人間になります。子ども時代に自信と力を与えられて育てば、12歳以降、一生涯チェンジメーカーとなるでしょう。そして12歳から、集団生活の中で思いやりのこころを学んでいくのです。

彼のメッセージを読んで、僕も、本当に自分の子供達に深い思いやりのこころを学んで欲しいと思った。また、日々、子供達と単に遊ぶだけではなくて、もっと社会的に有意義な活動を一緒に行えば、彼らの人生にもっと深いインパクトを与えられるのかもしれない。いろいろと考えてみよう。


ウィリアム・ドレイトンを始めとする多くの社会企業化たちののインタビューを編集した本がこの『チェンジメーカー~社会起業家が世の中を変える6f1361d5.jpg

一週間ぶりの学校

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一週間ぶりに学校に行き始めた。ユタでは昨日からサマータイムが始まって、一時間時間がずれた。お陰で、8時のクラスが7時の時間帯に始まり、眠くてたまらない。

ビジネススクールのクラスを一週間休む、というのは結構大変なことで、日々のアサイメントやグループミーティングなどをすべてスキップするため、キャッチアップが本当に大変になる。

恐る恐るクラスに出ては、先週の様子を聞いて回っているのだが、ラッキーなことに、特に大きな動きやアサイメント、クイズはなく、一週間を終えることができたようだった。


驚いたのは、ブランドマネジメントのブランド・コンペティションで勝ったこと。数週間前に、Brick Ovenというビザとパスタのレストランがクラスに来て、ブランドコンサルティングをMBAの生徒たちに依頼。日本に行く前の週に、それをそれぞれのチームが提案をプレゼンテーションしたのだが、日本滞在時に結果発表があって、一位だったらしい。

僕 「マジで?冗談でしょ?」

ブラジル人チームメイト 「ホントだよ、ホント。」

始めは信じられなくて、チームメイトたちが冗談を言っているのかと思ったが、何度確認しても一位だというので、本当だったようだ。確か、一位のチームには、賞金1000ドルが支払われるはずだ。これはチームの皆で山分け。プレゼンテーション前に、下見という名目で、家族でランチを食べに行ったのだが、

社長(妻) 「味はまあまあだけど、値段が高いわね」

と社長(妻)には不評。でも、結果的に、投資の価値はあったということだ。ふっふっふ、投資なくして回収なしですよ、社長。・・・でも、どうやって受け取るんだろう?



インターナショナルマーケティングのクラスに行くと、韓国人クラスメイトのカイルが、ニヤニヤしながら話しかけてきた。

カイル 「昨日の野球の試合見た?」

僕 「あっ!ちょっと待て!」

WBCの結果のチェックをすっかり忘れていた。すぐにネットのニュースサイトを開くと、「韓国1-0日本」の文字が。

僕 「・・・・・・。」

カイル君、この雪辱はアメリカで返させてもらうよ(といっても、プレーするのは僕ではないけど)。

グローバルに事業を展開している企業の場合、価格をどのように決めるのか、という問題は、非常に頭の痛い問題だ。これには、製品や業界、製造場所、配送システム、地理的な状況、通貨の違いなど、様々な要素を考慮する必要がある。

ではどうするのか?今回のインターナショナルマーケティングのアサイメントで、参考にな記事があったので、意思決定のプロセスをメモしておきたい。


ステップ1

海外の顧客に製品を販売するときのコスト(資料作成、輸送、保険など)をよく考えながら、他国へ持っていった製品の価格を見積もる。


ステップ2

関税や中間マージンなどを考慮し、製品を輸入又は配送してくれる業者がチャージする価格を見積もる


ステップ3

最低ラインと理想の価格を見積もり、エンドユーザーのためのターゲットとする価格レンジを算出する。


ステップ4

算出したそれぞれの価格での、販売見積もりを出す


ステップ5

企業としてのゴールと、価格における戦略やポリシーを吟味する。


ステップ6

最も合った価格戦略を採用する。


ステップ7

製品ライン、顧客、マーケットを常に観察し、現在価格を絶えずチェックする。


ステップ8

戦術と、卸価格、末端販売価格を選ぶ。


ステップ9

必要に応じて、修正を加える。


30833512.JPG日本滞在時に、購入して面白かった本の一つが、グロービスの キャリアを考える技術・つくる技術。この本は、今後、個人のキャリアがますます多様化する中で、真のキャリアを手にするためにはどうすればいいのか?について、日本人の立場から論じた本で、「企業ニーズ、競争相手を知る⇒自己分析⇒キャリアゴール設定⇒キャリアステップを考える、実力を高める、狙った舞台を獲得する」という、具体的なキャリア構築アプローチ方法を教えてくれる。

この本のよいところは、その中に書かれている豊富な事例で、実際に次のキャリアに悩んでいる多くの人々が登場し、キャリアカウンセラーとのやりとりの中で、進路について気付きを得てゆく。非常に分かりやすい本だ。


しかし、キャリアというのは難しいもので、この本の中に出てくるような、いわゆる理想的なキャリアを歩んでいっているような人は本当にごくわずかなのではないだろうか。

また、日本という社会は、とかく道を一度はずれてしまった人たちに厳しく、一度ニートやフリーター、契約社員などになってしまうと、その世界から抜け出すのが本当に難しい。

その点、アメリカは日本よりももっとキャリアの選択肢が広いような気がする。それは、おそらく、アメリカが日本よりも多様性を重んじる文化であることと、成功者を輩出することに長けていて、起業などのオプションがもっと身近だからなのかもしれない。


仕事の面接が入ったので、今週月曜日に日本に向けて出発した。月曜日の朝にソルトレークを出ると、火曜日の夕方に成田に到着する。4時に無事に到着。どいう訳か、3月だというのに、その日は雪。日本は暖かいだろうと思って薄着をしてきたのが完全にあだになった。そのまま実家に帰り、その日を過ごした。

火曜日と水曜日に面接をこなし、金曜日にはもう成田。これでは、時差ぼけどころの問題ではない。

あせったのは、帰りの飛行機。サンフランシスコ上空まで時間通り来たのはよかったのだが、空港から上空待機の連絡が来て、着陸できない。ここで、40分ほど時間をロス。さらに、降りてからの入国審査がすごい行列。待つ、まつ、マツ・・・。ここでさらに40分以上ロスして、ようやく審査を抜けると、もう12時半前。乗り換えまで30分ほどしか残っていない。

荷物を引き取り、運よく関税のチェックにはつかまらずに乗り換えのところで荷物を渡すと、受け取った黒人の兄ちゃんがバーコードで僕の荷物をスキャン。スキャンした画面に出てきた便名を見て言った。

黒人の兄ちゃん 「急げ、やばいぞ。」

ですよねぇ。走る、はしる、ハシル・・。ようやくボディチェックのところに到着すると、また行列。イライラしながら、待つこと15分、ようやくターミナルに到着した。が、ゲートが分からない。

辺りを見回すと、インフォメーションカウンターが見えたので、飛び込んだ。チケットを見せて、ゲートを訪ねる。

カウンターのおじさん 「ああ、これならあっちだよ。」

自分の後方を指していった。

僕 「ゲートの番号は?」

カウンターのおじさん 「よく覚えてないけど、とにかくあっちだ。」


オジサンの言葉を信じて、僕はおじさんが指差した方向に走る、はしる、ハシル・・・。100メートルほど走ると、息が切れた。左手に電光掲示板があったので、ソルトレーク行きを見ると、ゲート72という数字が。

周りを見回し、周囲のゲートの番号を確かめる。76-96。アレ?おじさんの言葉を信じて走ってきたが、まったくの逆方向じゃないか!?さすが、テキトー国家アメリカ。期待を裏切らない展開だ。

あせった僕は、戻る、もどる、モドル・・・。インフォメーションカウンターの近くまで戻り、72を探すと、なんと、インフォメーションカウンターの真横。そのまま飛行機に駆け込んだ。危なかった。


ソルトレークに到着すると、社長(妻)と子分(子供)二人がお出迎え。当たり前のようだが、実は初めて。卒業を間近に控えて、ようやく一人でハイウェイを運転して空港まで辿り着けるようになったわけだ。


帰宅後、荷物整理&お土産の確認。ところが。

社長(妻) 「ちょっと、なんでチョコボールが一個しかないのよ。3つって書いたじゃないの!?」

僕 「アレ?そうでしたっけ?」

社長(妻) 「よく見たら、あれも、これも、それも、みんな数がめちゃくちゃじゃないの!」

僕 「・・・・・・(冷汗)。」

社長(妻) 「ハァ~。これだからあんたは信用できないのよね。しっかりしてよね!」

ガスッ(横腹を一突き)

僕 「ヒー」

という訳で、今回もお約束の結末となってしまいました。。
MTCでのアルバイトも、はや4ヶ月が過ぎた。MTCで働いている、とクラスメイトに言うと、「日本語を教えているのか?」とよく聞かれる。

確かに、BYUの学生の中でMTCで働いている人の多くは、語学の教師だ。しかし、珍しいことに僕の仕事は教材開発。

具体的に何をしているのかというと、日本に行くNew Missionariesのために、TALLと呼ばれる日本語のプログラムの最新バージョンを開発しているのだ。このTALLというプログラムは、ネイティブスピーカーが日本語を話しているところを撮影して、それをベースに、文法、単語、イディオム、文化などいろいろな要素を追加していくもので、日本語の他にいろいろな言語が存在する。

で、僕は、撮影のマネージャーを主たる業務として担当している。役者さんの採用、スケジュール調整、撮影チームとの交渉、撮影の監督、撮影したビデオの選定、翻訳などなど。。。


去年までは僕とセス君だけだったチームメンバーも、年が明けてから新たに3人が加わり、5人のチームメンバーで毎週楽しく仕事をしている。

日本人は僕ともう一人女の子がいるのだが、彼女のお兄さんは昔僕と同じ大学に通っていて、学食で何度か食事をした仲だ。

他の3人は、全員アメリカ人なのだが、皆日本での滞在経験プラス、言語学の修士プログラムに在籍していて、とにかく日本語がうまい。

まずセス君は、昔Fukuoka Missionにいて、Undergraduateのときから日本語を専攻している、完全日本語人間だ。戦争や日本の文化などにも詳しい。二日前にオフィスで会ったのだが、天気がよかったせいか、「春が来たー、春が来たー、どーこーにー来たー」と歌いながら現れた。彼は奥さんも日本で英語の先生をしていたことがあるそうで、夫婦そろっての親日派だ。


次は、日本人とのハーフのハワイ人の女の子で、イブちゃん。お父さんが日系で、苗字はOkura(大倉?)。といっても、日本語はネイティブではなく、Nagoya MissionとBYUで学んだもの。Undergraduateでは、考古学を専攻していて、修士プログラムで日本語を勉強している。


最後は、コリー君。彼はまだ独身だが、岐阜県に住むフィアンセがいて、8月に結婚予定。先日、昔Nagoya Missionにいた、というので、ふと聞いてみた。

僕 「そういえばさ、コリー君、ゆうぞうって知ってる?僕の義理の弟なんだけど。」

コリー君 「え、苗字は?」

僕 「Fカワ。」

コリー君 「えー、彼なら、僕の同僚だったよー。」

僕 「ナヌー!」


そういうことらしいよ、ゆうぞう。世界は狭いね。



プロフィール


明治大学政治経済学部卒業。帝人グループを経て、現在ブリガムヤング大学経営大学院マリオットスクールMBAプログラムに在籍。上司であるCEO(超・偉い・奥さん)と、新入社員(子供)二人の4人家族。 このブログは、まだ小さな2人の子供たちに、将来本にして贈るために書いています。


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