2009年冬のセメスター: 2009年4月アーカイブ
4月23日。興奮していたせいか、花粉症で寝付けなかったせいか、早朝4時半に目が覚めてしまった。そう、今日は、待ちに待った、BYUの卒業式の日なのだ。BYUの卒業式は、二日間に分けて行われる。初日がBYU全体のもので、その翌日が専攻ごとのものだ。







朝7時半にMTCに行き、セス君と仕事の引継ぎの話を2時間ほど行い、10時に家に戻った。
そして、映画の中の風景だった、あのガウンに袖を通す。フード主あるのだが、どうにも着方がよく分からない。・・・というか、黒いガウンに体がすっぽりと包み込まれると、ハリーポッターにでもなった気分だ。マリオットへようこそ改め、ホグワーツへようこそ、という感じ(寒くてすいません。。)。そして帽子を被る。
卒業式は昼過ぎからだったので、その前に家族で写真を撮りに出かけた。真っ先に向かったのは、もちろん、ここ、かの有名な標語が書かれている、BYUのエントランス。
”Enter to Learn, Go Forth to Serve"
この言葉ほど、BYUの精神を表しているものはないと思う。そして、僕の学びの時はいよいよ終わるのだ!
愛する二人の息子と供に。ヲイ、奏、前を向け!

そしてマリオットセンターへ移動する

家族をマリオットセンターへ連れて行き、僕はMBAラウンジでクラスメイトたちと合流。ABSビルディングの前の集合場所に向かった。その後、ゆっくりとマリオットセンターに入場。
超満員のマリオットセンター。人、ひと、ヒト・・・

会場中央

そして僕とクラスメイト達。さて、僕はどこでしょうか?

今回のゲストスピーカーは、このお二方。First Presidencyのウークトドルフ管長と、Apostleのネルソン長老。

最終話者のウークトドルフ管長の話は非常に印象的で、時間を賢く使うこと、卒業後も引き続き学び続け、自分の専門性を深め、幅広い教養を身につけること、目標を立てること、BYUで学んだことを今後の生活で実践することの重要性などをお話されていた。
終了後、マリオットセンターで家族と。素晴らしいセレモニーだった。

卒業式の前日の22日、最後に残っていたアサイメントである、Crucial Conversationのペーパーを書き終えて提出し、無事にすべてのアサイメントが終了した。
このペーパーは、クラスを休んだ数だけの感想文のようなものを提出するのだが、僕は日本に何度か帰国していたため、合計4回クラスを休んでいたので、クラスで学んだことが、僕にとって、どのように役立ったのか、3つのポイントにまとめて、4枚のペーパーを提出した。
驚いたことに、すぐに返事が。今までメールでいろいろとアサイメントを提出してきたが、こんなに心のこもった返信を教授本人から頂いたのは初めてだったので、非常に驚いた。下記がその返信。やっぱり、伊達に人間に関わる内容を専門にされていることだけはある。
パターソン博士、本当にありがとうございました。Influencer、日本語訳が出たら真っ先に購入させて頂きます!
・・・・・・・・・・・・・
Thank you for your very sincere and well-written paper. I’m glad the principles taught in the class have been helpful in your life. I was touched by your honesty and am humbled by your thanks. May the Lord’s blessing be with you as you return to your home country and may you continue to learn and grow.
Your friend,
Kerry
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VitalSmarts™ Change for Good.
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ちょっとやらなければならないことがあったので、早朝7時に、子供達を連れてBYUを散策することにした。 こうした今の日常の風景も、日本に帰ったら、きっとさみしくなるのだろう。
ウィルキンソンの入り口。
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ここから地下に入って、長い廊下を歩く。
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ウィルキンソン2階にある大きなBYUの写真。 「ここ登ったよね!」とYを指差す瞬。
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ライドボード。こんなものがあるのはアメリカの大学くらいだろう。
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入学してから数回しか使わなかったウィルキンソンのカフェテリア。
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カフェテリアの向かいの広場。歴代の学長の顔とメッセージが垂れ幕になっている。
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ファイナルの時期ということもあり、電光掲示板にはこんなものが。
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BYUブックストアの入り口
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これも。1906年って・・すごい歴史だ。
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ブックストアの内部を探検する2人。
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食料を調達。これがなくては、この2人は動きません。笑
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食料を片手に、ブックストアを出たところ
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受験時代に散々お世話になった図書館。 BYUの図書館は、地下3階にまで広がる大空間だ。
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BYUの創始者、ブリガムヤングの像の前で。
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ブリガムヤング大管長
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愛すべき建物、マリオットスクールがあるタナービルディング。
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ゴードン・B・ヒンクレービルディング。
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タナーの入り口。
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瞬がドアを開けてくれた。
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ロッカーをいじる2人。開かないよ、そこは。
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郵便ポスト
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果てしない時間を過ごした旧MBAラウンジ。
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クラスルームにて。将来のBYUの生徒!?
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去年完成したタナー・ウエストウイング
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タナーを出発し、ウィルキンソンに向かう。山の斜面にYが見える。
MTCの仕事も、先週打ち上げが行われた。これが、TALL Japanese Version4.1チーム。左下にいるのが、唯一のフルタイムの社員で、マネージャーのHeather。で、日本人同僚のEmikaちゃん、Eveちゃん、Seth君、僕と息子、そしてCorey君だ。


このメンバーとは、本当に素晴らしい時間をMTCで過ごすことができた。本当に感謝したい。
そのほかのファイナルプロジェクトは、インターナショナルマーケティングのシミュレーションの最終意思決定と、その結果を元にしたプレゼンテーション&ペーパー。
このアサイメントは、僕が日本に帰国していたときに何度か重要なミーティングに出席できなかったため、ほとんどがチームメイト頼りになってしまった。。が、うれしかったのは、最後の最後で、Dr.Moneyが最も重要な指標として、定期的にチームを比較していたContribution Marginで一位になれたことで、お陰で、最後のクラスで、景品をもらうことができた。
チームで唯一のアメリカ人、Terranceは特にうれしそうだった。その後提出したペーパーのグレードは振るわなかったが。笑
最後のプロジェクトは、フィールドスタディのファイナルプレゼンテーションで、これはMBAのグローバルサーティフィケイトで旅費が出る僕とブライアンを除いた4人がファイナルの週に日本に向けて出発し、先週末に無事にプレゼンテーションを終えたようだった。
この4人は、たった30分のプレゼンテーションの為に、準備という名目で8日間も日本に滞在し、前回同様、銭湯やら、寿司やら、しゃぶしゃぶやら、日本の観光を満喫していたらしい。もちろん、費用はすべてクライアントのA社持ちだ。
Cody、Loren、Derek、Ericの4人は、僕がMBAで見た中でも、最もお互いを信頼しており、かつ抜群のチームワークを誇る素晴らしいチームだった。こんな素晴らしい友情を培った彼らを羨ましいと思うと同時に、最後のセメスターで彼らと時間を過ごせたことに、僕は誇りを持っている。
ソーシャルアントレプレナーシップのファイナルプロジェクトは、自分達で実際に既存のNPOやNGOのコンサルティングに従事するか、もしくはソーシャルアントレプレナーを実際に始めることだった。

プロジェクトはすべて自発的に生徒たちが見つけ出して始めるもので、僕は何にしようかしばらく考えあぐねていた。そんなとき、フィールドスタディで日本に行ったとき、同じ部屋になったブライアンと、その場の思いつきでGMATの対策サイトを造ってみようという話になった。
GMATは、昨年世界で延べ25万人が受験したテストで、一人が平均2.5回受験するとすると、毎年10万人の受験生がいる。これらの受験生達は、数十万円もの高額な対策塾へ通っているのだが、この講座を、無料~数万円で提供してしまおう、というのがこのサイトの狙い。
ブライアンは何度かこのブログでも紹介している通り、GMAT780点を一発で出した天才。彼がコンテンツを作り、僕がサイトのプラットフォームを作り上げる、という役割分担になった。
2人でいろいろとミーティングを重ねて、結局下記のようなビジネスモデルを作り上げた。最終的に収益が上がると、途上国を支援する基金に収益の一部が寄付されるようになっている。

この仕組みの優れた点は、何と言ってもオペレーションの自動化だ。一度仕組みを作ってしまえば、あとは僕もブライアンも対して作業する必要がなく、人を助け続けることができる。
そんな訳で、このクラスは、最後の日にプレゼンをし、ペーパーを出してめでたく終了。が、ちなみにこのプロジェクトは、卒業後も継続する本物のプロジェクトで、完成すれば、結構面白いサイトになるのではないかと、個人的に思っている。
MTCの仕事ももうすぐ終わりなので、仕事風景を写真に収めてみた。



僕のMTCでの仕事は、日本に行くMissionaryたちが、MTCで勉強するソフトウェアの開発事業。そう、この事業で、僕のITの知識を生かして・・・と言いたい所だが、実際に僕がやっているのは、なんと、映像の撮影の仕事。
このソフトウェアは、TALLと呼ばれるもので、PC上で、文法や単語、聞き取り、スピーキングなどを統合的に学ぶことができるようになっている。このソフトの中には、動画も収録されていて、この動画の部分を作るのが僕の仕事なのだ。
具体的には、役者さんの採用、面接、撮影チームとの調整、撮影内容の決定、撮影の監督、出来上がった動画の選別、文字起こし、翻訳など。
そんな訳で、今日は僕が担当する最後の撮影。
撮影準備
撮影風景。今回は、女性陣の撮影です。
すっかりいい友達になった、チームリーダーのセス君。
撮影は本当に大変で、場所の選定もさることながら、とにかく思うようにならない。この日も、集合場所を僕が間違えて時間が遅れたり(マネージャー、すいません。。)、機材のバッテリーが切れたり、セス君が途中からしかこれなくなったりと、いろいろなアクシデントに見舞われたが、それでも午後に無事終了。
皆さん、お疲れ様でした。
プロボで過ごす日曜日も、今日を入れてあと2回。今は子供2人を連れて、MBAラウンジに来ている。
なぜ隔週の日曜日にラウンジに来ているのかというと、隔週で教えているSunday Schoolの責任のためだ。前日までにアウトラインを固めて、当日の朝にいつも配布資料の印刷に来ているのだ。
それも今日でお終い。でも、子供達とっては、定期的にBYUのキャンパスを訪れるいい機会になったのではないかと思う。
いつも僕がパソコンで配布資料を作っている間、瞬と奏はおやつを食べたり、ソファで遊んだり、フーズボール台をいじったり、本を読んだり、自由に遊んでいる。
親の我儘だが、瞬と奏の2人も、将来BYUに行って勉強をして欲しいと思う。教育というのは、本当に大切で、結局人間は何を頭に入れるか(=教育)によって、人生のアウトプットに大きな違いが出てくると思う。
将来、子供達がBYUに通って、親子でBYUやマリオットスクールの理念とミッションを共有できたら、どんなに素敵だろうか。2年間、このBYUのキャンパスで時間を過ごして、いまや僕にとっての、かけがえのない場所になったと思う。しかし、流石に林田師匠のように、全身Yずくめになるのは無理なのだが。笑
先週は、母から、お婆ちゃんが亡くなった連絡を受け取ったが、今度は、父から、うれしい知らせが届いた。妹のS子のところに、新しい命が生まれたという。以下、父からのメール。
・・・・・・・・・・・・・・
お元気ですか。?
本当に家族で良く頑張ったと思います。さやかさんの後方支援はとても大きいと思います。この2年間のアメリカでの生活は、これからの一生で家族の良き思い出となり、物凄い影響をそれぞれの人生に与えると思います。特に子供たちは普通の子供たちより、「アメリカを身近な国」と感じてお父さん、お母さんの様に同じ道を辿ることでしょう。今月末か来月初めにに皆さんに会える日を楽しみにしています。
S子のところで4月12日(日)午後3時10分に男の赤ちゃんが生まれました。3500gの元気な赤ちゃんです。私達にとっては6人目の孫になりました。お母さん曰く、人にそのことを話すととても驚くそうです。たいてい、多くても2,3人がいいところだからと思います。
名前は健二の子供たちの様に一文字の名前で「響」-ひびき君の様です。S子は「ヒビタン、ヒビタン!」と呼んでいましたから。まだ正式ではないですがその名前になると思います。昨年、S子が結婚してくれて本当に嬉しかった。今年はまた早々とS子に長男が誕生して「S子が母親に成った。!」ことは本当に神様に感謝です。
健二も無事、卒業して今月末に帰っ
て来る事はまさに二重の喜びです。異国で大きな病気や怪我にも会わず本当に良かったと思います。よく頑張ったと思います。卒業、そして就職心からおめでとう。
糟糠の妻、さやかさんに感謝を忘れずにね!。
父
・・・・・・・・・・・・・・
あの、父上殿、単位はまだ取り終えていないんですが。。。一応ファイナル真っ最中なので。。
丁度一年くらい前に結婚した妹のS子。お腹が大きいのは知っていたが、無事に生まれて本当に良かった。奇しくも、メールを受け取った同じ日に、お土産の子供服を購入した後で、いいタイミングだった。
ちなみに、父も書いているが、我が家の子供はすべて漢字一文字で統一するのが、社長(妻)と決めたルールになっている。なぜか。それは、苗字が三文字で普通の人よりも一文字多いので、名前が一文字だったら、書くのが楽だろうという、くだらない理由だ。しかし、漢字とその意味には、いろいろな意味が込められている。
瞬(しゅん)
神様に従って、人生の一瞬一瞬の選びを大切にして欲しい。
奏(かなで)
神様の教えに従って、きれいな音色を奏でる楽器のように、美しい人生を奏でて欲しい。
こんな感じ。ヒビタンには、どんな意味が込められているのか。今度S子に聞いてみよう。
しかし、糟糠(そうこう)の妻とはすごい表現だ。糟糠とは、米かすや米ぬかのことで、貧しい時代を供にすごして来た妻、という意味だ。
僕 「社長、我が社(家)の経営が苦しいのは認めますが、糟糠と呼ぶにはちょっと外食の回数が多いような・・・。」
社長(妻) 「フン、一月と三月に日本で豪遊してきたあんたに言われたくないわよ。外食くらいいいじゃない。人間小さいわねぇ!(怒)」
僕 「ヒー (あれはクラスと就職活動なんですが。。)」
注:上記のやりとりはフィクションです。
・・・・・・・・・・・・・・
お元気ですか。?
単位も取り、卒業を待つばかりの事と思います。
本当に家族で良く頑張ったと思います。
名前は健二の子供たちの様に一文字の名前で「響」-
健二も無事、
父
・・・・・・・・・・・・・・
あの、父上殿、単位はまだ取り終えていないんですが。。。一応ファイナル真っ最中なので。。
丁度一年くらい前に結婚した妹のS子。お腹が大きいのは知っていたが、無事に生まれて本当に良かった。奇しくも、メールを受け取った同じ日に、お土産の子供服を購入した後で、いいタイミングだった。
ちなみに、父も書いているが、我が家の子供はすべて漢字一文字で統一するのが、社長(妻)と決めたルールになっている。なぜか。それは、苗字が三文字で普通の人よりも一文字多いので、名前が一文字だったら、書くのが楽だろうという、くだらない理由だ。しかし、漢字とその意味には、いろいろな意味が込められている。
瞬(しゅん)
神様に従って、人生の一瞬一瞬の選びを大切にして欲しい。
奏(かなで)
神様の教えに従って、きれいな音色を奏でる楽器のように、美しい人生を奏でて欲しい。
こんな感じ。ヒビタンには、どんな意味が込められているのか。今度S子に聞いてみよう。
しかし、糟糠(そうこう)の妻とはすごい表現だ。糟糠とは、米かすや米ぬかのことで、貧しい時代を供にすごして来た妻、という意味だ。
僕 「社長、我が社(家)の経営が苦しいのは認めますが、糟糠と呼ぶにはちょっと外食の回数が多いような・・・。」
社長(妻) 「フン、一月と三月に日本で豪遊してきたあんたに言われたくないわよ。外食くらいいいじゃない。人間小さいわねぇ!(怒)」
僕 「ヒー (あれはクラスと就職活動なんですが。。)」
注:上記のやりとりはフィクションです。
ついさっき、Gmailを開けていたら、1年生のときのチームメイトのアレックスかがチャットで話しかけてきた。挨拶もなしに、ビジネスウィーク誌のリンクを送りつけてきたので、開いてみたのだが、内容を読んで驚いた。

アレックスの話じゃないか!?
12月に卒業したアレックスは、Cummins Inc社からオファーを貰っていたのだが、プロボを出発する前日に、会社から解雇通知を貰うという、とんでもない経験をしている。もう家財も、車も現地に送った後で、家の契約も済ましていたはずだ。その彼が、そこから、どうやって仕事見つけたのか、詳しく書いてある。

For Alex Cavallini, the financial crisis hit home as he was preparing to begin a job with Cummins Inc. (CMI) Less than 24 hours before he was set to fly out to his new office, the diesel engine manufacturer rescinded his offer, leaving the recent graduate jobless—even though just a few months before he had his pick of offers from two companies. "I felt like I was losing two jobs at once," he says.
So Cavallini turned to his school, which turned to Brian Hancock, a vice-president at Whirlpool whom Cavallini had worked for and impressed during his internship the summer before. As important as that good impression, Cavallini says, was that Hancock was a fellow alumnus of Brigham Young University. The alum sympathized with Cavallini's plight, and placed a call that afternoon to the CEO of a Whirlpool supplier. Company executives interviewed Cavallini within days and then offered him a job. He accepted, and in less than a week the 28-year-old went from being unemployed to being upwardly mobile.
The MBA alumni network is an integral part of the package at most business schools. Stories like Cavallini's, involving an alumnus making a crucial introduction or putting in a good word, were never uncommon, but they're becoming increasingly critical as companies tighten their belts and more traditional recruitment forums such as career fairs run dry.
An old saying, "It's not what you know, it's who you know," rings particularly true as recruiters are deluged with qualified applicants and seemingly flawless résumés get lost in the shuffle. But even absent a professional connection, schools are turning toward alumni as a source for fresh job offers, relying on the foundation of trust many school networks automatically confer. InCircle, an alumni networking site used at several U.S. schools, reflects a common sentiment with its revision of the old axiom: "It's not who you know," InCircle's slogan says, "it's how you know them."
Kevin Knox, director of the alumni association at Southern Methodist University's Cox School of Business, puts it even more directly: "The network has never been more important."
MBAのクロージングソーシャルが開かれた。このクロージングソーシャルは、卒業式前にプログラム側が開く公式な最後の活動で、MBAの1年生と2年生が参加できる。



今年一年の活動をまとめたスライドや、様々な章の表彰、歌、ダンスなど、盛りだくさんの活動だった。
MMCの特別版が放映され、大ウケ。MBA Class of 2032って。。。

台湾人のクリスチャンセン、ケニー、韓国人のカイル、そして僕

MBAディレクターのクレイグ・メレル博士と。彼はウォートンでPh.Dを取得し、
今はBYUで働いていますが、その昔、東京北Missionにいたそうです。日本語は忘れたらしい。

しかし、今回のクロージングソーシャルの最大の目玉だったのは、数ヶ月の女の子を最近養子に迎えた1年生の生徒だろう。ソーシャルの最後に登場した彼女は、養子に迎えた幼い子供が、血液の難病に冒されていること、そして何万分の一という確率でしたマッチしないというう、骨髄移植のドナーを探していることを伝え、皆にドナーの登録を呼びかけた。
写真も彼女は持ってきたのだが、本当にかわいい女の子で、同席していたすべての人は、心を本当に痛めたと思う。そんな訳で、ラウンジで後日、ドナーの登録会が開催されることに。
それで、これがその結果。
Amazing! Thank you all so much for your support in the Bone Marrow Registry drive we had yesterday. We had a total of 180 individuals register in a 5 hour window. There were 128 students that signed up and the remainder of the registrants were spouses, faculty and friends. Our initial goal was 100. Given the number that signed up on the Google doc and those that we had to turn away when we ran out of applications, we believe we can easily double that initial target!
Team MBA
奇跡が起こって、適合するドナーが見つかることを、今は祈るのみです。
今日は、International Marketing と、Global negotiationのクラスの最終日だったが、両方のクラスを教えるマネー教授は、二つのクラスをキャンセルにして、代わりに夕方に、プロボの自宅を開放して打ち上げを開いてくれた。



5時から開始で、僕は瞬と奏を連れて、韓国人クラスメイトのカイルの車で時間ぴったりに到着したが、そこには誰の姿もない。
マネー博士 「ようこそ!!」
カイル 「誰か来てますか?」
マネー博士 「いや。君達が最初だよ。」
僕&カイル 「え・・・・・」
二つのクラスを足すと、100人弱くらいは履修している生徒がいるはずなのだが、いかんせ、ファイナルの直前。皆ビビッて来ないのではと、二人でふと不安になった。我々二人と教授では、あまりに気まずい。
しかし、一時間もたたないうちに、みるみる人が増えて、すごいことになってしまった。なーんだ、時間通りきたのはアジア人だけじゃないか。これが異文化経験というやつか。
7人の子供がいるマネー教授の家は、プロボの山の上にあり、真下にはTempiView High School のキャンパスが広がっている絶景地にあった。庭には、巨大なトランポリン、ブランコ、滑り台、子供用の家など、自宅とは思えないような充実振りで、数十人の子供達が、声を上げて楽しそうに遊んでいた。
皆で持ち寄った食事を楽しんだ後は、最後に教授から、今後の人生のいろいろなアドバイスを皆で聞いた。僕もゆっくり聞きたかったのに、膝の上に座っていた二人の新人君たち(瞬と奏)は、30秒ごとに、やれ水を飲ませろ、ドーナツをもってこい、遊びに行きたい、おしっこが出る、などと騒ぎ立てて、まったく話を聞くことができなかった。苦笑
しかし、2時間あまりで、本当に楽しい時間を過ごすことができた。これが、最後にとった記念写真。皆、この2年間をともに過ごした素晴らしい仲間達だ。

今朝、パソコン音痴の母親から珍しくメールが入っているので空けてみると、びっくりする内容だった。
亡くなったのがもう10日前で、葬儀もすべて終わってしまっていて、こんな大事な話、ちょっと連絡が遅いのでは!?とも思ったが、考えてみると、うちの両親は国際電話のかけ方も、よく知らないのかもしれない。。
お変わりございませんか。 卒業までもう少しですね。
実は、岡部の母が三月三十日に亡くなりました。97歳、大往生でした。ひとつチューブに繫がれることもなく、苦しむこと もなく、父とおなじ97歳まで生きて、あの世に行きました。
名古屋と静岡の姉や兄たちと力を合わせこの五年あまりの日々 それぞれの家族の協力を得て、六人で精いっぱいやりましたので、私を含め、五人の姉や兄たちもなんの憂いもありません。 それぞれ、住む処も離れ。自分の生活に忙しく、ゆっくり会ってはなすこともありませんでしたが、父母の介護をとうしてまたいろいろ話したり、行動したり、助けあったりして素晴らしい日々でした。
母はこの二年ほどは子供たちの認識も難しい状態でした が、二年前は、お父さんと聡子も会いに行ってくれ、このお正月は理恵も会いに行ってくれたので、よかったです。 だ、五月は49日、8月は新盆と法事が続きます。
母の生きざまをとうして、多くを学びました。母の努力と忍耐はなんて、報 われないのだろう、と思った時もありましたが、母の葬儀を終え、そんなことはない、人は播いたものを刈り取るのだ、つくづく 実感しました。あらためて、そのことを感じ母から力をもらいました。
卒業、帰国、就職とこれから多忙な日々と思いますが、体に気を付けてやったて下さい。さやかさんと子供たちによろしく。
亡くなったのがもう10日前で、葬儀もすべて終わってしまっていて、こんな大事な話、ちょっと連絡が遅いのでは!?とも思ったが、考えてみると、うちの両親は国際電話のかけ方も、よく知らないのかもしれない。。
おばあちゃん。
僕とおばあちゃんとの思い出は、それほど多くない。小さいころ、年末年始にちょくちょく静岡の岡部町にある家に遊びにいったのだが、中高生になるに連れて、年末年始は友達と過ごすことが多くなり、だんだん母の実家に行かなくなった。
でも、最後に僕がおばあちゃんにあったときのことは、非常に思い出深くて、大学生のころに、岡部にあるご先祖様の墓参りに母と、おばあちゃんと、妹たちと一緒に出かけたのだが、その帰り道、下り坂を歩いていくときに、90近いおばあちゃんは、僕の腕につかまって、ニコニコしながら、ゆっくりと道を降りていった。僕は、おばあちゃんの手をとって横にあるいていたのだが、とても幸せな気持ちになったのを、よく覚えている。
母からのメールの中でも汲み取れるが、母は随分、おばあちゃんの生き方から影響を受けたのだと思う。
若い頃に農家の家に嫁いだおばあちゃん。5人の子供を生み、朝は早朝から起きて働き、贅沢はせずに、勤勉で質素倹約な生活を送っていた。旅行に出かけた、という話も、一度も聞いたことがない。頑固でこだわりの強いおじいちゃんをひたすら忍耐して支えたおばあちゃん。そこには想像を絶する苦労があったようだ。
「人様にだけは迷惑をかけるな」
「できない約束はするな」
「人を騙すくらいなら、騙される方がましだ」
母が、実家で教えられてきたという人生のこれらの教訓は、間違いなくおばあちゃんから言い聞かされてきたことだと思う。そして、これらの教えは、おばあちゃんから母に、そして母から、子供の僕らに引き継がれていっていると思う。そして、僕も、おばあちゃんの教えと生き方を、子供達に伝えていきたい。
おばあちゃんは何年かまえから寝たきりになり、母を含めた子供達が介護をしていた。僕は卒業をしたら、瞬たちを連れて岡部に行きたいと思っていたので、それだけが本当に残念。
おばあちゃん、
孫らしいことがなにもできずに、本当に申し訳ありませんでした。
でも、僕はおばあちゃんが大好きでした。
おばあちゃんのように、僕も精一杯、自分の人生を生きて生きたいと思います。
いつかの日か、天国で、おばあちゃんに、僕の子供達を紹介できる日がくることを、楽しみにしています。
天国から、僕らを見守っていてください。
ケンジ
2007年から始まったこの留学ライフも、とうとう最後の月に突入してしまった。4月といえば、日本では桜が咲き乱れ、新しいスタートを切る時期なのだが、どういうわけか、最近のプロボは寒くて仕方がない。これは、今週の天気予報なのだが、毎日雪だ。

MBAのクラスは13日ににすべて終了し、その後10日間ほどファイナルの期間があるのだが、ラッキーなことに、今回のセメスターは、ファイナルが一つもなく、それぞれのクラスで、ファイナルプロジェクトのプレゼンテーションとペーパーを提出すれば終わりだ。そんな訳で、これからの2週間が僕にとっては佳境で、仕事をしながら、プロジェクトを進めてゆく必要がある。
23日にはBYU全体の卒業式、24日にマリオットスクールの卒業式が予定されている。 そして、29日には家族で日本に帰国だ。航空券は既に購入済みなのだが、どういう訳か、3週間前に購入したときの最安値を出した航空会社はANAで、もう日本行きの飛行機で、「チキン or ビーフ」と聞かれずに済むのが本当にうれしい。
ちなみに、我が家は最近はほぼすべての航空券の予約にA-kindという航空会社を使っていてる。今まで、アムネットやIACEトラベルなどを使っていたが、ここがほとんどの場合、最安値を提示してくれる。アメリカ⇒日本のルートに特化していることと、予約処理がWebで完結していて、選任のオペレーターいないからだろう。

MBAのクラスは13日ににすべて終了し、その後10日間ほどファイナルの期間があるのだが、ラッキーなことに、今回のセメスターは、ファイナルが一つもなく、それぞれのクラスで、ファイナルプロジェクトのプレゼンテーションとペーパーを提出すれば終わりだ。そんな訳で、これからの2週間が僕にとっては佳境で、仕事をしながら、プロジェクトを進めてゆく必要がある。
23日にはBYU全体の卒業式、24日にマリオットスクールの卒業式が予定されている。 そして、29日には家族で日本に帰国だ。航空券は既に購入済みなのだが、どういう訳か、3週間前に購入したときの最安値を出した航空会社はANAで、もう日本行きの飛行機で、「チキン or ビーフ」と聞かれずに済むのが本当にうれしい。
ちなみに、我が家は最近はほぼすべての航空券の予約にA-kindという航空会社を使っていてる。今まで、アムネットやIACEトラベルなどを使っていたが、ここがほとんどの場合、最安値を提示してくれる。アメリカ⇒日本のルートに特化していることと、予約処理がWebで完結していて、選任のオペレーターいないからだろう。



