井上レディースクリニック院長・井尾裕子先生に会いに行った話
土曜日の午後の予定が空いたので、クリスマスコンサートを予定していた、立川の井上レディースクリニックに足を運んだ。井上レディースクリニックは、西立川にある産婦人科の病院で、院長先生の、井尾裕子先生は、もう8年来の友人なのです。
井尾さん(と僕は図々しくも読んでいる)は、著書
も多く、雑誌にも度々取り上げられる有名なお医者さんだ。
僕と井尾さんの年は親子ほど離れているのに、友人というのも何とも面白いのだが、大学3年生の時に、僕は井尾さんと会った。当時僕は、ふとしたきっかけで、僕は大前研一氏の私塾だった「一新塾」に入塾したのだが、井尾さんはその時同じ塾生で、教育チームというグループスタディのチームのチームメイトだったのだ。
最初に自己紹介をお互いにするのだが、そのときに井尾さんが言ったのが、次の言葉。
「子どもたちに、愛と、正義と、勇気を誰が教えるの!?私は、地域社会で親をサポートする教育改革をしたいの!」
クリスチャンでもないのに、愛と、正義と、勇気なんて、すごいことを言う人だな、と思い、びっくりしてしまった。その後、娘さんの家庭教師をお願いされたこともあり、懇意にして頂くようになった。
お医者さんといえば、高給かつ、最も社会的地位の高い仕事の一つではあるものの、井尾さんは、贅沢や名声などにはまったく興味がなく、自分の私財を投じてマザーシップというNPOを立ち上げて、お母さん教育から始まる教育改革を、医療の現場から実践し続けている。
今回のクリスマスチャリティコンサートも、ピンクリボン=乳がんの早期治療、レッドリボン=エイズ予防、オレンジリボン=虐待防止を呼び掛ける、イベントで、たくさんの人が聞きに来ていた。演奏はすべて、井上レディスクリニックでお産をされた、お母さんや子供たち。

コンサートの中では、井上レディースクリニックで生まれた、左手の無い小さな女の子が、お母さんと連弾を発表していて、本当に感動した。
コンサートのあと、井尾さんから、病院で起こる、様々な生と死のドラマの一部を聞かせてもらった。生まれつき目のない子供、ダウン症の子供、余命3年で生まれてくる子供、死産で生まれてくる子供など、五体満足で生きられることが、どれだけ特別で、感謝すべきことか、非常に考えさせられた。
病院には、いろいろな素晴らしい絵が飾ってあるのだが、病院の2階に記念樹というコーナがある。この病院で出産した子供の名前をプレートに手書きで記入して、壁にある緑のボードに一枚一枚手で貼っていったもので、そこには次の井尾さんのメッセージと一緒に、すてきな絵が飾られている。

前に病院を訪れたのは、瞬3年前のことで、その時はまだ記念樹のプレートは半分未満だったが、今回見てみると、5分の3くらいは名前で埋まっていてた。
井尾さん 「10年でこのプレートが埋まると思ったけど、あと2年くらいで一杯になっちゃうわね。」
ビジネススクールでは、心の悩める人、幼い子供、病んでいる人のことなどは、滅多に触れられることはない。しかし、この病院には、人として生きて行く上で、本当に大切なメッセージがたくさん詰まっていると思った。
井尾さん、ありがとうございました。命の尊さを再認識した時間でした。わが子も、ひとの痛みの分かる、優しい子どもに育ってほしいと、心から願います。
井尾さん(と僕は図々しくも読んでいる)は、著書
僕と井尾さんの年は親子ほど離れているのに、友人というのも何とも面白いのだが、大学3年生の時に、僕は井尾さんと会った。当時僕は、ふとしたきっかけで、僕は大前研一氏の私塾だった「一新塾」に入塾したのだが、井尾さんはその時同じ塾生で、教育チームというグループスタディのチームのチームメイトだったのだ。最初に自己紹介をお互いにするのだが、そのときに井尾さんが言ったのが、次の言葉。
「子どもたちに、愛と、正義と、勇気を誰が教えるの!?私は、地域社会で親をサポートする教育改革をしたいの!」
クリスチャンでもないのに、愛と、正義と、勇気なんて、すごいことを言う人だな、と思い、びっくりしてしまった。その後、娘さんの家庭教師をお願いされたこともあり、懇意にして頂くようになった。
お医者さんといえば、高給かつ、最も社会的地位の高い仕事の一つではあるものの、井尾さんは、贅沢や名声などにはまったく興味がなく、自分の私財を投じてマザーシップというNPOを立ち上げて、お母さん教育から始まる教育改革を、医療の現場から実践し続けている。
今回のクリスマスチャリティコンサートも、ピンクリボン=乳がんの早期治療、レッドリボン=エイズ予防、オレンジリボン=虐待防止を呼び掛ける、イベントで、たくさんの人が聞きに来ていた。演奏はすべて、井上レディスクリニックでお産をされた、お母さんや子供たち。

コンサートの中では、井上レディースクリニックで生まれた、左手の無い小さな女の子が、お母さんと連弾を発表していて、本当に感動した。
コンサートのあと、井尾さんから、病院で起こる、様々な生と死のドラマの一部を聞かせてもらった。生まれつき目のない子供、ダウン症の子供、余命3年で生まれてくる子供、死産で生まれてくる子供など、五体満足で生きられることが、どれだけ特別で、感謝すべきことか、非常に考えさせられた。
病院には、いろいろな素晴らしい絵が飾ってあるのだが、病院の2階に記念樹というコーナがある。この病院で出産した子供の名前をプレートに手書きで記入して、壁にある緑のボードに一枚一枚手で貼っていったもので、そこには次の井尾さんのメッセージと一緒に、すてきな絵が飾られている。

記念樹 Comorative Tree
当院では今日も小さないのちが元気に産声を上げました。私たちスタッフは尊い命のご出産に立ち会わせていただきご家族の方々と喜びをともにさせていただけることを幸せに思っております。
出産を英語ではDelivery(配達)といいます。
命を届けることにより、おかあさんになったひとの人生が
より大きな幸せに包まれますように
いのちを届けるのが私の仕事です誕生に立ち会う瞬間 いつも祈りに似た気持ちで願います
医師としてでなく 一人の人間として
無事に生まれてきますように
すてきな家族に恵まれますように
愛されて育ちますように
新しい「いのち」に会えた感動を忘れないための想い出の伝言板です。
お子様の素敵な未来をお祈りして
1997年2月12日 院長 井尾裕子
前に病院を訪れたのは、瞬3年前のことで、その時はまだ記念樹のプレートは半分未満だったが、今回見てみると、5分の3くらいは名前で埋まっていてた。
井尾さん 「10年でこのプレートが埋まると思ったけど、あと2年くらいで一杯になっちゃうわね。」
ビジネススクールでは、心の悩める人、幼い子供、病んでいる人のことなどは、滅多に触れられることはない。しかし、この病院には、人として生きて行く上で、本当に大切なメッセージがたくさん詰まっていると思った。
井尾さん、ありがとうございました。命の尊さを再認識した時間でした。わが子も、ひとの痛みの分かる、優しい子どもに育ってほしいと、心から願います。
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