選ばれし者はそのチャンスを完全に生かさなければならない

|
今日、ネットの海を泳いでいると、偶然MITのスローン校でMBAを取った人のキャリアについてのエッセイ?を見つけた。「小杉俊哉のポジティブキャリアのすすめ」という記事で、もがき苦しみながらキャリアを築いてゆくその等身大の内容に、ものすごく好印象を持った。

この小杉さんは、自身が努力しがんばる理由に、次のようなことを書いている。


前回書いたように、普通では考えられないような英語の成績で 入学を許可された。なにかの間違いかラッキー以外の何物でもないとも思った。案の定、最初の学期は考えられないようなひどい成績を取る羽目になった。しか し、たとえ間違いでも、ラッキーでもなんでも入ってしまえばなんとかなるものだ。というより、人間は本来与えられた環境でなんとかしようとするものだ。そ こで苦しめば苦しむほど、それを克服したときに他の人より多くのものを得ることができるのだと思う。

何より、自分が許可された学校に、そしてビジネススクールにどんなに行きたくても行くことが出来なかった多くの人たちのことを考えると是が非でも、自分に 与えられた幸運を活かさないわけには行かないと思っていた。途中で挫折したら彼らの立つ瀬がないではないかと思った。これを、裏付ける言葉をずいぶんあと になって知った。娘の幼稚園の入学式で、その学校の関係で上智学院理事長の山本襄治神父から、お話を伺った。その中に次のような言葉があった。

「選ばれた者とそうでない者との差の小ささ、偶然性を考えると、
選ばれた者はそのチャンスを全うする道義的責任がある。
選ばれた者はそのチャンスを見事に、完全に生かさなければならない」


この話に足すべき言葉はないが、あえて言うと、入学したときはこの上もなくありがたがっても一旦入学してしまうと、つい受かった時の感激を忘れてしまいが ちだ。しかし、実際は受かった人間と落ちた人間の差は本当にわずかだ。さすれば、受かった人間はせっかくの機会を生かし切らなければ、入りたくても入れな かった人達に申し分けないではないか、ということであろう。

もちろんこれは幼稚園に限ったことでもなければ、学校に限った話でもはなく、すべてのことに当てはまる。我々が何か成しえた裏側には実に多くの人の思い や、ひょっとしたら犠牲の上に成り立っている、ということを忘れてはいけないということだ。この言葉は、その後私の座右の銘となった。


BYUは小杉さんの卒業したMITのような、超一流のトップ校ではないが、それでも彼の言葉は、自分に与えられた機会というものに対する認識を新たにするのに十分なものだった。

人生というのは、こうしたほんのちょっとしたものの見方の違いで、大きな差ができるものだ。小杉さん、すばらしい言葉をありがとうございます。



ブックマークはこちら

Powered by SEO対策


  • 留学生活の総括 ─ BYU、そして僕にとってのMBAとは何だったのか?
  • 社長(妻)への感謝
  • 子供達へのメッセージ
  • お世話になった一人ひとりへの感謝
  • MBAライフ最良の日 Part.2 ─ Marriott Schoolの卒業式
  • MBAライフ最良の日 Part.1 ─ BYUの卒業式
  • MBAのすべてのアサイメントが無事終了
  • 息子達とBYUを散歩する
  • MTCの打ち上げ
  • その他のファイナルプロジェクト

  • プロフィール


    明治大学政治経済学部卒業。帝人グループを経て、現在ブリガムヤング大学経営大学院マリオットスクールMBAプログラムに在籍。上司であるCEO(超・偉い・奥さん)と、新入社員(子供)二人の4人家族。 このブログは、まだ小さな2人の子供たちに、将来本にして贈るために書いています。


    BYU MBA日本人会公式サイト↓


    累計: 検索エンジン登録
    本日: SEO対策
    昨日: メール配信   アクセスアップ

    Powered by Movable Type 4.01