MTCでアルバイトを始めた話

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社長(妻) 「ちょっと~、ホントにどうすんのよ。このままじゃ、帰国するお金もないわよ。」

プロボに戻ってきてから、幾度となく言われ続けたこの言葉。わが社(家)は、生活費を大学からのローンを組んで賄っているものの、家族4人で暮すにはやはり十分ではなく、赤字経営が続いていた。

留学する前は数百万あった貯金も、気がつけば数十万に減っており、私費留学の恐ろしさをまざまざと経験することになった。

仕事と言っても、大学でできる仕事の多くは、便所掃除やカフェテリアの店番など、日本円換算で、時給800円程度のものが多く、MBAに来てまで、そんな仕事をするのは何とか避けたいなぁと思いながら、10月も半ばになってしまっていた。


そんな時、救いのメールが僕のところに届いた。

Needed: Japanese natives speakers for positions available at the MTC
(ネイティブの日本人求む!MTCにてポジションあり)

MTCというのは、Missionary Training Centerの略で、ここでは常時約2000人の新米Missionary たちが、何十カ国もの言語を学んでいる。ケントデリカットや、タッドバッジ氏も、最初にここで日本語を学んだ訳だ。

内容は、日本語の教材を作るための俳優のポジションだった。


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社長(妻) 「あんたねぇ、30過ぎにもなって、Missionaryの俳優ってのはないんじゃないの?」

社長(妻)になじられつつも、便所掃除よりましだろうと、オーディションに参加してみることにした。


オーディションに行くと、BYUで言語学のマスタープログラムにいるという、MTCのトレーナーであるセス・ロビンソンさんが出迎えてくれて、他の二人の応募者と一緒に、2時間くらい、演技の試験(?)を受けた。

二日後にセスさんからメールで連絡が来たので読んでみると、俳優ではなく、製作チームのメンバーとして働いて欲しいという。二つ返事で返答し、数日後に面接と筆記試験を受けて、ようやく採用が決まった。


ここからが面倒だったのだが、留学生がアメリカで働くためには様々な制限があり、Social Security Numberなるものを取得し、いろいろな書類を提出しなければならない。MTCの採用課、International Office、Social Security Officeをぐるぐると回った挙句、ようやく書類を書き終えることができた。

そういうわけで、これから卒業までは、週19時間、MTCで働くことになった僕。


社長(妻) 「本当によかったわねぇ、俳優じゃなくて。あんたみたいなおっさんMissionary、絶対におかしいわよ。」

僕 「・・・・・・」

Ranch  wedding 173.jpg


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  • 留学生活の総括 ─ BYU、そして僕にとってのMBAとは何だったのか?
  • 社長(妻)への感謝
  • 子供達へのメッセージ
  • お世話になった一人ひとりへの感謝
  • MBAライフ最良の日 Part.2 ─ Marriott Schoolの卒業式
  • MBAライフ最良の日 Part.1 ─ BYUの卒業式
  • MBAのすべてのアサイメントが無事終了
  • 息子達とBYUを散歩する
  • MTCの打ち上げ
  • その他のファイナルプロジェクト

  • プロフィール


    明治大学政治経済学部卒業。帝人グループを経て、現在ブリガムヤング大学経営大学院マリオットスクールMBAプログラムに在籍。上司であるCEO(超・偉い・奥さん)と、新入社員(子供)二人の4人家族。 このブログは、まだ小さな2人の子供たちに、将来本にして贈るために書いています。


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