【イエローストーン国立公園旅行記】DAY4:プロボまでの長い夜
旅行最終日。まだまだ見所を残すイエローストーンを去りがたかった我々は、再度リックスバーグからイエローストーンへ行き、ぎりぎりまで観光をすることにした。

帰り道は、イエローストーンを南に抜けて、グランドティトンに行き、そのまま裏道を通り、ローガンで高速に乗る。地図を見ても、距離的にもあまり変わらなそうだ。
が、これが間違いの始まりだった。
2時過ぎには観光を切り上げて、帰りモードに入ったのだが、1車線しかない国立公園の道路に苦しめられ、Jacksonに到着したのは夜の7時(!)。
ここで、時間がかかっても高速に戻る道を選べばよかったものの、そのまま山道を通る道を選んだのが最大の失敗で、8時を過ぎると日が完全に落ちてしまい、完全な暗闇の中をひたすら走るハメになってしまった。
アメリカの田舎道は日本とは違って、街灯などというものはまったくない上、皆100キロ近いスピードでガンガン飛ばしていく。進んでいる道はアップダウンかつ蛇行が激しい山道で、さらに始末が悪いことに、道路があまり整備されていないため、センターラインもかすんでよく見えない。
極めつけは乱視の入った僕の目で、乱視の方は分かると思うが、乱視の目には一つの光が3つにも4つにも見えるため、本当に夜は目が見えなくなる。
こんな状態で、少しでもハンドルを切り間違えれば、間違いなく命がない。家族4人の命は僕のハンドルさばきにかかっている。ものすごいプレッシャーだ。山道を2時間ほど走ると、眠気と疲れでだんだん頭が働くなってきたので、たまらなく横に座っていた社長(妻)に聞いてみた。
僕 「社長、もう限界です。運転代われませんか?」
社長(妻) 「絶対無理。その代わり、指示出してあげるから。ハイ、右~、左~、スピード落として~、上げて~。」
さすが社長。期待を裏切らない対応だ。
パニックになったのは、ローガンまであと1時間半のところを走っていた頃。
社長(妻) 「ちょっと、ガソリン、もうないじゃない!?」
はっ気づくと、ガソリンメーターが、底を尽きかけている。本田のCR-Vに乗って先導を走っていた謙さんは、さすが元走り屋。姿かたちも見えなくなっている。山中のためか、携帯も繋がらない。
こんなところでガス欠で車が止まったら・・・。そう考えると、手の感覚がなくなった。幸い、30分ほど走ると田舎町に出て、無事にガソリン補給ができたのだが、本当にこのときはあせった。
結局ローガンに到着したのが夜の11時半。そこからさらに車を飛ばして高速に乗ったのは夜中の12時過ぎだった。I-15 に無事に乗った我々がどれだけ安心したか、言葉には言い表せない。夜のI-15を120キロでぶっ飛ばして、ようやくプロボに到着したのは夜中の2時だった。
本当に疲れた。行きはたったの4時間で目的地まで着いたのに、帰りは12時間もかかってしまった。もう二度と、アメリカの夜の山道は走りたくない。

帰り道は、イエローストーンを南に抜けて、グランドティトンに行き、そのまま裏道を通り、ローガンで高速に乗る。地図を見ても、距離的にもあまり変わらなそうだ。
が、これが間違いの始まりだった。
2時過ぎには観光を切り上げて、帰りモードに入ったのだが、1車線しかない国立公園の道路に苦しめられ、Jacksonに到着したのは夜の7時(!)。
ここで、時間がかかっても高速に戻る道を選べばよかったものの、そのまま山道を通る道を選んだのが最大の失敗で、8時を過ぎると日が完全に落ちてしまい、完全な暗闇の中をひたすら走るハメになってしまった。
アメリカの田舎道は日本とは違って、街灯などというものはまったくない上、皆100キロ近いスピードでガンガン飛ばしていく。進んでいる道はアップダウンかつ蛇行が激しい山道で、さらに始末が悪いことに、道路があまり整備されていないため、センターラインもかすんでよく見えない。
極めつけは乱視の入った僕の目で、乱視の方は分かると思うが、乱視の目には一つの光が3つにも4つにも見えるため、本当に夜は目が見えなくなる。
こんな状態で、少しでもハンドルを切り間違えれば、間違いなく命がない。家族4人の命は僕のハンドルさばきにかかっている。ものすごいプレッシャーだ。山道を2時間ほど走ると、眠気と疲れでだんだん頭が働くなってきたので、たまらなく横に座っていた社長(妻)に聞いてみた。
僕 「社長、もう限界です。運転代われませんか?」
社長(妻) 「絶対無理。その代わり、指示出してあげるから。ハイ、右~、左~、スピード落として~、上げて~。」
さすが社長。期待を裏切らない対応だ。
パニックになったのは、ローガンまであと1時間半のところを走っていた頃。
社長(妻) 「ちょっと、ガソリン、もうないじゃない!?」
はっ気づくと、ガソリンメーターが、底を尽きかけている。本田のCR-Vに乗って先導を走っていた謙さんは、さすが元走り屋。姿かたちも見えなくなっている。山中のためか、携帯も繋がらない。
こんなところでガス欠で車が止まったら・・・。そう考えると、手の感覚がなくなった。幸い、30分ほど走ると田舎町に出て、無事にガソリン補給ができたのだが、本当にこのときはあせった。
結局ローガンに到着したのが夜の11時半。そこからさらに車を飛ばして高速に乗ったのは夜中の12時過ぎだった。I-15 に無事に乗った我々がどれだけ安心したか、言葉には言い表せない。夜のI-15を120キロでぶっ飛ばして、ようやくプロボに到着したのは夜中の2時だった。
本当に疲れた。行きはたったの4時間で目的地まで着いたのに、帰りは12時間もかかってしまった。もう二度と、アメリカの夜の山道は走りたくない。
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