【イエローストーン国立公園旅行記】DAY4:プロボまでの長い夜

|
旅行最終日。まだまだ見所を残すイエローストーンを去りがたかった我々は、再度リックスバーグからイエローストーンへ行き、ぎりぎりまで観光をすることにした。

IMG_1287.jpg

帰り道は、イエローストーンを南に抜けて、グランドティトンに行き、そのまま裏道を通り、ローガンで高速に乗る。地図を見ても、距離的にもあまり変わらなそうだ。

が、これが間違いの始まりだった。


2時過ぎには観光を切り上げて、帰りモードに入ったのだが、1車線しかない国立公園の道路に苦しめられ、Jacksonに到着したのは夜の7時(!)。

ここで、時間がかかっても高速に戻る道を選べばよかったものの、そのまま山道を通る道を選んだのが最大の失敗で、8時を過ぎると日が完全に落ちてしまい、完全な暗闇の中をひたすら走るハメになってしまった。

アメリカの田舎道は日本とは違って、街灯などというものはまったくない上、皆100キロ近いスピードでガンガン飛ばしていく。進んでいる道はアップダウンかつ蛇行が激しい山道で、さらに始末が悪いことに、道路があまり整備されていないため、センターラインもかすんでよく見えない。

極めつけは乱視の入った僕の目で、乱視の方は分かると思うが、乱視の目には一つの光が3つにも4つにも見えるため、本当に夜は目が見えなくなる。

こんな状態で、少しでもハンドルを切り間違えれば、間違いなく命がない。家族4人の命は僕のハンドルさばきにかかっている。ものすごいプレッシャーだ。山道を2時間ほど走ると、眠気と疲れでだんだん頭が働くなってきたので、たまらなく横に座っていた社長(妻)に聞いてみた。


僕 「社長、もう限界です。運転代われませんか?」

社長(妻) 「絶対無理。その代わり、指示出してあげるから。ハイ、右~、左~、スピード落として~、上げて~。」

さすが社長。期待を裏切らない対応だ。


パニックになったのは、ローガンまであと1時間半のところを走っていた頃。

社長(妻) 「ちょっと、ガソリン、もうないじゃない!?」

はっ気づくと、ガソリンメーターが、底を尽きかけている。本田のCR-Vに乗って先導を走っていた謙さんは、さすが元走り屋。姿かたちも見えなくなっている。山中のためか、携帯も繋がらない。

こんなところでガス欠で車が止まったら・・・。そう考えると、手の感覚がなくなった。幸い、30分ほど走ると田舎町に出て、無事にガソリン補給ができたのだが、本当にこのときはあせった。


結局ローガンに到着したのが夜の11時半。そこからさらに車を飛ばして高速に乗ったのは夜中の12時過ぎだった。I-15 に無事に乗った我々がどれだけ安心したか、言葉には言い表せない。夜のI-15を120キロでぶっ飛ばして、ようやくプロボに到着したのは夜中の2時だった。

本当に疲れた。行きはたったの4時間で目的地まで着いたのに、帰りは12時間もかかってしまった。もう二度と、アメリカの夜の山道は走りたくない。



ブックマークはこちら

Powered by SEO対策


  • 留学生活の総括 ─ BYU、そして僕にとってのMBAとは何だったのか?
  • 社長(妻)への感謝
  • 子供達へのメッセージ
  • お世話になった一人ひとりへの感謝
  • MBAライフ最良の日 Part.2 ─ Marriott Schoolの卒業式
  • MBAライフ最良の日 Part.1 ─ BYUの卒業式
  • MBAのすべてのアサイメントが無事終了
  • 息子達とBYUを散歩する
  • MTCの打ち上げ
  • その他のファイナルプロジェクト

  • プロフィール


    明治大学政治経済学部卒業。帝人グループを経て、現在ブリガムヤング大学経営大学院マリオットスクールMBAプログラムに在籍。上司であるCEO(超・偉い・奥さん)と、新入社員(子供)二人の4人家族。 このブログは、まだ小さな2人の子供たちに、将来本にして贈るために書いています。


    BYU MBA日本人会公式サイト↓


    累計: 検索エンジン登録
    本日: SEO対策
    昨日: メール配信   アクセスアップ

    Powered by Movable Type 4.01