メリル・J・ベイトマン・アワード表彰式

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bateman_m.jpg 先週の木曜日の朝のクラスが終わった後、ラウンジに行こうとすると、チームメイトのライアンが廊下を歩いていた。どこへ行くのかと聞くと、

「今日はメリル・J・ベイトマン前学長が来るから、今から話しを聞きに行くんだよ。」

とのこと。僕も一緒にいくことにした。

メリル・J・ベイトマン前学長はユタ生まれ。ユタ大学を卒業後、MITで博士課程に進み、その後ガーナ大学、USエアフォースアカデミーを経て、1967 年にBYUで教鞭をとり始めた。1975年から1979年にはマリオットスクールの学長を、そしてその後BYUの学長を歴任された方だ。


講堂に入った後プログラムを見て初めて、これが「メリル・J・ベイトマン・アワード」の表彰式で、ベイトマン前学長は基調講演のスピーカーだったのだと始めて気づいた。


「メリル・J・ベイトマン・アワード」とは何か。これはマリオットスクール全体で、学部生、大学院生、そして教授たちからそれぞれ一人ずつが受けることが できる名誉あるアワードだ。成績のみならず、勉強以外のフィールドにおけるリーダーシップの実績と、そして何より、「どれだけ他の人々に貢献したか」とい う基準でアワードの受賞者が決まるという、BYUらしいアワードだ。

学部生、大学院生、そして教授達の中から、それぞれ5人のファイナリストが選ばれており、ベイトマン学長の基調講演の後に発表、というプログラムだった。始まるのを待っていると、横にいたライアンがポツリ。

「・・・実は、僕の彼女がファイナリストの一人なんだ。」

なんだよ~、やっぱりそういう事か。メインはそちらね。

という訳で、ベイトマン前学長の基調講演が始まった。講演では、マリオットスクールが如何に発展を遂げていったのか、ベイトマン前学長の経験を基に、いろ いろなエピソードを紹介してくれた。彼の在任中に、ばらばらだった6つのGraduate Programを一つにまとめ、寄付金を募りタナービルディングを完成させたのだという。

当時はランキングも98位とかだったが、現在はアカウンティングプログラムは全米2位、Undergraduateは全米で7位、そしてMBAもRegional Schoolで1位になるまで成長した、と感慨深げに話をされていた。


結局、アワードを受賞したのは、Undergraduateではライアンの彼女(!)、GraduateではMBA2年生のブラジル人、マイケル、そして 教授ではファイナンスのピネガー教授が選ばれた。マイケルとピネガー教授は受賞後のスピーチで、多くの人たちと、家族の支えによって受賞することができた、と二人とも泣きながら話しをしていたので、僕も感激してしまった。


しかし、こういったイベントは本当にカルチャーショックだ。僕が卒業した大学では、絶対に見られない類のイベントだと思う。これはここに来て気づいた点の 一つだが、マリオットスクールでは学生達が学校運営に参加できる機会が数多くある。また、アワードやコンペティションのような、学んだことをアウトプット したり、実績を評価されるような場もふんだんに用意されている。

しかも、それぞれのイベントのレベルや質が異様に高い。・・・が、それはそうか。このマリオットスクールを裏で支えるスタッフは、百戦錬磨のビジネスプロフェッショナル達。ここでは、ビジネスのバックグラウンドがないスタッフを見つけることの方が難しいくらいなのだから。

今日は本当にいい勉強になりました。


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    明治大学政治経済学部卒業。帝人グループを経て、現在ブリガムヤング大学経営大学院マリオットスクールMBAプログラムに在籍。上司であるCEO(超・偉い・奥さん)と、新入社員(子供)二人の4人家族。 このブログは、まだ小さな2人の子供たちに、将来本にして贈るために書いています。


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