アメリカの大学における、先生と生徒の関係

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グループペーパーを仕上げるために、ぎりぎりまでミーティングをしていたため、少し遅れて「企業戦略2」のクラスに出席した。どうやって始まったのか分からないがクラスに入ると、アサイメントの量をテーマにクラスが紛糾していた。

この「企業戦略2」のクラスは、毎クラス、数十ページの記事とケースに個人ペーパーとグループペーパー、そして時折様々な分析レポートの提出が課される学生泣かせのクラスなのだが、要は全体のバランスから考えて、宿題の量があまりに多すぎるのでは、というのが議題だった。下記が双方の意見のサマリー。

■先生の意見
・ここはMBAだ。勉強するために君達はここにいる。
・去年、宿題をあまり出さなかったときの学生のパフォーマンスが悪かった。
・このClass of 2009は過去のMBAの学生の中で、最もGMATの平均スコアが高い=タフな宿題にも耐えられるはずだ。
・今はきついが、時間が経つにつれて慣れてくるはず。

■生徒の意見
・1stブロックと比較して、あまりに宿題の量の乖離が多きすぎる
・今セメに入ってから選択制になったため、グループで頻繁に集まるのが本当に難しい
・毎日の宿題を終わらせるのが必死で、じっくり学ぶ暇がない。
・毎日のペーパーではなく、もう少し長い期間で、大きなプロジェクトのアサイメントを出して欲しい
・既に他のクラスで死にそうになっている。特にファイナンスとOBHRはきつい。

横に座っていた皮肉屋のRandyは、「This is stupid」と言って、この議論そのものが無駄だ、と言ってあきれていたが、僕からすれば、議論のテーマよりも、こういった話し合いが行われること事態、大きなカルチャーショックだ。

日本の大学で、こんな議論がクラスで行われるか。いや、見たことがないし、こういった議論を始めようなどと考えたこともない。日本では「先生」は敬うべきものとして「目上」の存在であり、対等に議論をしてよい、という価値観は一般的ではない。

しかし、今日の議論のように、アメリカでは、「学ぶ側」と「教える側」という立場が違うだけで、双方の関係は限りなく対等だ。アメリカの大学では、先生は、学生を評価し、学生から評価される存在であり、また学生に意見し、学生から意見される存在である。文化の違いというのは何とも面白いものだ。常識と非常識が、何度もひっくり返される。


結局、今日の議論はクラスの半分ほどの時間を費やして行われ、皆の意見をよく考慮して今後のスケジュールを立て直す、ということになった。何とも。。


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    明治大学政治経済学部卒業。帝人グループを経て、現在ブリガムヤング大学経営大学院マリオットスクールMBAプログラムに在籍。上司であるCEO(超・偉い・奥さん)と、新入社員(子供)二人の4人家族。 このブログは、まだ小さな2人の子供たちに、将来本にして贈るために書いています。


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