2007年秋のセメスター: 2008年1月アーカイブ

JMBAA新年会

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プロボキャニオンにある、BYUの保有するロッジを一晩借りて、JMBAAの新年会が開催された。日本人5家族総勢20名前後。楽しい時間を過ごさせてもらった。来週からいよいよ、冬のセメスターが始まります。しかし、子供の数の多いことといったら。。。

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BYU MBAの先輩に会いに行く

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2日は、かねてから計画してあったように、ソルトレークに住んでいるBYU MBAの先輩である、Bro. Wada に会いにゆくことになっていた。

就職活動で日本へ行かれた折戸B以外のJMBAAのメンバー4人で、Bro. Wada のオフィスがある、教会本部ビルへ向かった。
DSCF5115.JPG Bro.Wadaは、ここでDTAとして働いておられるのだが、DTAとは日本のPBOで言うと、トップのポジション。Bro. Wadaは、BYU MBAを卒業された後、ペプシ、ユニバーサルスタジオジャパンの人事のGMを歴任され、数年前から教会のために働くようになったという。

今後のキャリアディベロップメントについて、それぞれが価値ある助言をいただいた。やはり数々の修羅場を潜ってきた方だけに、助言の一つ一つに、視野の広さと深さを感じた。

個人的に印象に残ったのは、強い意志の力をもって努力を続ければ、必ず自分よりも優秀な人たちとも互角に戦える、といいったことや、業界を超えて通用する普遍的なスキルや能力を磨くことの大切さ、そして語学についは決してあせらず、長期的スパンで取り組むことなど。


さらに、Bro.Wadaは、隣の棟で働いているElder Yoshihiko Kikuchi も紹介してくださって、彼からも30分ほど話を聞くことができた。Elder Kikuchiからは、これからは、国家のレベルでも個人のレベルでも、「英知」を持って戦ってゆく時代になっていきます、という話と共に、MBA卒業後もハーバードなどの通信教育などを積極的に活用し、最先端のビジネス理論を学び続けるように勧めを受けた。

また、「巨視(きょし)」という言葉を引き合いに、大きなビジョンを持って、自分の人生を築き上げてゆくことの大切さを強調されていた。

3時間という短い時間だったが、多くの価値ある助言をいただいた時間だった。お2人とも、大変ご多忙な中、貴重な時間を割いてくださったことに、深く感謝したい。本当にありがとうございました。
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元旦からトラブル

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1月1日は元旦かつ、わが社の次男奏の誕生日。

しかし‥朝10時過ぎ、テレビ台に捉まっていた奏が突然転んだ。転ぶことは日常茶飯事なので、泣く奏を抱っこして起して見ると、右目の上のおでこがパックリ割れて、血がだらだら。

これにはびっくり。すぐに友人に連絡して、元旦でも開いている病院を教えてもらい、大泣きする子供を座席に縛りつけ、車を走らせた。Wymontから病院までは、なだらかな坂になっているのだが、猛スピードで車を飛ばしていると、ちらりと、右から出てくるパトカーの影。

嫌な予感を感じながら、そのまま車を飛ばしていると、サイレンと共に、やはりパトカーが追跡してきた。すぐに右に寄せられ、警官が近寄ってきた。が、僕達夫婦はそれどころではない。

「子供が頭を切って、今すぐに病院に行かなければいけないです!!」

事情を説明すると、警官はギョッとして子供を見て

「‥OK」

と言って立ち去ってくれた。


すぐにユタバレーの病院のEmargencyに駆け込み、5針を縫ってもらった。奇しくも、この病院は奏が丁度一年前に生まれた病院。自分の生まれた日に、生まれた場所に担ぎ込まれるとは何とも。。。しかし、治療してもらったのはよかったんだけど、包帯もガーゼもしてくれなくて、むき出しのままなんだよなぁ。。大丈夫かな。

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2007年の総括と皆様への感謝

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日本はもう既に新年ですが、時差のあるアメリカは、あと20分で新年です。今年の終わりに、我が家で今年起きたいくつかの重要な出来事と、お世話になった方々への感謝を書きとめておきます。


1.次男奏の誕生
2007年度は、元旦から次男奏の出産で幕を開ける、という波乱の幕開けでした。出産に関しては、付き添って下さった看護師資格を持つ友人のゆみこさん、担当して下さった看護婦オータム(妻のVT)、新年にも関わらず、次男を取り上げてくださったDr.ワージーにお世話になりました。産後に関しては、日本から単身このアメリカまで足を運んでくださった義理の母に、本当にお世話になりました。不安で一杯の我が家に、義理の母が来てくれた時は、涙が出るくらい嬉しかったのを覚えています。


2.GMATの攻略
至上命題だったGMATを、出願ギリギリでクリアできたことは、MBAを受験する上で最も重要な出来事でした。もちろん、実力2割、(上のお方からの)憐れみ8割であることを、ここで明言しておきます。


3.全日本YSAカンファレンス
一時帰国後に待っていたのは、参加者2,000名という前代未聞の巨大プロジェクトの企画支援という仕事でした。幸か不幸か、渡米のため当日2週間前に姿を消す、という事態になり、関係者の皆様に多大なご迷惑をお掛けしましたが、N会長の下、多くの素晴らしい方々と仕事をさせて頂き、大変勉強になりました。忍耐強く指導してくださったN会長には、仕事だけでなく、人生における様々な教訓をも教授頂き、本当に感謝しています。


4.BYUからいちゃもん付けられるが最後に合格
MBAプログラム側のミスで、TOEFLのスコアに難癖を付けられ、TOEFL及びIELTSの再受験をすることに。スコアは取れなかったものの、奇跡的にMBAプログラム側がミスに気づき、6月末に正式な合格通知を貰いました。難癖を付けられてから合格を告げられるまでの2ヶ月間は、精神的に本当にきつい日々でしたが、お陰で留学後の生活にまったくストレスを感じない、という思いもよらぬSide Effectがありました。この時期、住む場所を提供して下さり、忍耐強く見守ってくださった義理の両親に、本当に感謝しています。


5.留学生活がスタート
初めての留学生活はチャレンジの多い日々でしたが、チームメイトと友人に恵まれました。多くの時間を一緒に過ごしてくれたアレックス、私生活から勉強、就職活動まで様々な相談にのって下さったJMBAAの折戸B、たすく君、林田B、そして同じ1年生のけんさん、ケニーたちには、感謝の言葉しか見つかりません。


今年の最後に、妻へ心からの賛辞と感謝を伝えたいと思います。彼女は、結婚してから受験勉強のため家にいない僕に代わって、家を守り、子供達の面倒を一生懸命見てくれました。再三にわたる出入国の際は、すべての必要書類を用意し、今年に至っては海外出産を経験。僕のスコアが伸び悩んだときや、受験に行き詰ったときには、いつも僕の傍にいて、僕を支えてくれました。彼女の存在なしに、今年の僕の如何なる目標の達成もなかったと思います。本当に感謝しています。


ちょっと長くなりましたが、本当に多くの人の支えと助けがあったからこそ、2007年を無事に乗り越えることができたと思います。本当にありがとうございました。来年度も、我が家をよろしくお願い致します。

プロフィール


明治大学政治経済学部卒業。帝人グループを経て、現在ブリガムヤング大学経営大学院マリオットスクールMBAプログラムに在籍。上司であるCEO(超・偉い・奥さん)と、新入社員(子供)二人の4人家族。 このブログは、まだ小さな2人の子供たちに、将来本にして贈るために書いています。


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