TOEFLを攻略
人間というのは面白いもので、目標の値というのが大きな壁になってしまうことが多々ある。僕の場合も例外ではなく、その後のテストは220点台と230点台の常連になり、なかなか240点の壁を越えることができなかった。年が明けてもスコアがでないので、僕はあせりだしていた。その最大の理由は、早くTOEFLを終わらせて、GMATの勉強を開始する必要があったことと、TOEFL の受験制度がCBTからIBTに変更になる過渡期だったことが挙げられる。IBTになると、試験の構成ががらりと変わってしまうため、今までやっていたスキル的な部分が無駄になってしまう可能性があった。
2月、3月、4月と立て続けに試験を落とした僕は、とうとう最後のつもりで5月の試験の予約を入れた。ところが、その試験の2週間前に原因不明の熱を出し、1週間まるまる寝込んでしまった。そのため、リスニングの勉強時間が極端に減ってしまった。結局、熱が完全に下がったのは試験を受ける3日前だった。
萱場町の試験センター10時から試験を受け始め、試験を終了したのは午後1時を回っていた。CBTの場合、試験終了後に、スコアレンジ、というものが表示される。これはライティングが手作業によるスコアリングのため、それ以外の点数を計算した○○点~○○点というレンジ形式でスコアが出される。
僕は自分のスコアレンジをみて凍りついた。
「175~243点」
243。これは、ライティングでほぼ満天を取らなければ目標スコアを出せないことを意味していた。痛かったのはリスニングで、普段は30点満点中23~25点くらいは取れるところが、19点と落ち込んだ。やはり1週間ほとんど英語を聞けなかったことが響いていたようだ。
のちに、この19点とうスコアが、大きな問題を引き起こすことになるのだが、このときはそんなことは知る由もない。救いだったのは、このときのライティングのテーマは、何と数日前に練習で書いた、問題集のテーマとまったく同じだったのだ。運よく模範解答の内容や構成を覚えていたので、いままでになく回答が書けた、という感触だけはあった。しかし、6点満天で1点でも減点されれば、ゲームオーバー。しばらくは心配で眠りにつけなかった。
スコアが返却されたのは1ヵ月後の6月の上旬だった。職場に社長(妻)から電話がかかってきた。
社長(妻) 「スコア、来たわよ。」
僕 「本当!?どうだった。」
僕は固唾を呑んだ。
社長(妻) 「243!!!ライティングがね、6点満点中5.5点!」
奇跡だった。後にも先にも、5.5 などというスコアは出したことがない。本当に運としか言いようがない。結局、プレゼンスに通い始めて丁度1年かかってしまったが、アメリカに行く前にTOEFLのスコアを出せて、本当にほっとした。
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