呼ばれているような気がする

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 アメリカには、大学生の頃から、いつか行くような気がしていた。でも、どういった形で行くことになるのか、まったくイメージができなかった。僕はもう日本の大学に行っていたし、実家のお金の問題があり、在学中に留学するのは困難であることがわかっていた。

そんな大学生活で「 MBA 」という言葉に始めてであったのは、アルバイト先でのこと。当時、僕はふとしたきっかけで、大前研一氏が起こした社会人向けの教育会社「ビジネスブレークスルー」アルバイトをしていた。そのアルバイトというのが、遠隔教育のボンド大学 MBA プログラムのカスタマーサポートだった。そこで MBA という言葉に出会うまでは、 MBA が一体何の略なのかもよく分かっておらず、資格の一種かのように考えていた。


MBA というものについて、ある程度理解が深まると、当然のことながら、自分も行きたくなった。しかし、トップスクールへの私費留学はウン千万もかかりそうだ、ということが分かった。では社費で、という話しになるが、当時の日本は不況にあえいでいた時期で、そういったオプションを提供してくれる会社は激減していた。


そんな分けで、数年が経ち、気がつくと、僕は帝人のグループ会社に就職し、妻と結婚していた。妻と結婚した2004年の春、僕は友人達と一緒に、「 LDS キャリアフォーラム」というキャリアについての勉強会を立ち上げたのだが、実はこの「LDS キャリアフォーラム」の立ち上げと運営に携わることが、留学の実現にとって非常に重要な複線になる。


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  • 留学生活の総括 ─ BYU、そして僕にとってのMBAとは何だったのか?
  • 社長(妻)への感謝
  • 子供達へのメッセージ
  • お世話になった一人ひとりへの感謝
  • MBAライフ最良の日 Part.2 ─ Marriott Schoolの卒業式
  • MBAライフ最良の日 Part.1 ─ BYUの卒業式
  • MBAのすべてのアサイメントが無事終了
  • 息子達とBYUを散歩する
  • MTCの打ち上げ
  • その他のファイナルプロジェクト

  • プロフィール


    明治大学政治経済学部卒業。帝人グループを経て、現在ブリガムヤング大学経営大学院マリオットスクールMBAプログラムに在籍。上司であるCEO(超・偉い・奥さん)と、新入社員(子供)二人の4人家族。 このブログは、まだ小さな2人の子供たちに、将来本にして贈るために書いています。


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